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特許のはなし ~クレーム解釈(その2)~

 前回「特許のはなし ~クレーム解釈(その1)~」から、クレーム解釈の根本的なお話を始めてみました。その続きです。

 言葉のもつ曖昧さが、どのようにクレーム解釈に結び付くのかを、ちょっとした例で説明する試みです。

 皆様、特許クレームに、「棒状の部材」と書いてあったら、不明確だと感じますか? 多分、あまり感じないかもしれません。鉛筆のようなものをイメージして、まぁ分かる、と感じるのではないでしょうか。

 しかし、被疑侵害品が、(他の構成要件は充足する)以下のような形状(立体形状だと考えてください)のものだったらどうでしょうか?


 「棒状の部材」

 (A)は10人中10人とも「棒状」と考えるでしょう。
 では、(B)はどうでしょう。曲がっていても、なお、「棒状」と言えそうです。異論のある方もいらっしゃるでしょうか。
 (C)のように、分岐していたらどうでしょう。これも、何とか「棒状」でしょうか。
 (D)(E)のように、断面が変化していたらどうでしょう。断面積の長さ方向に対する大きさも相俟って、「棒状」の概念から段々離れていきませんか?(E)に至っては、むしろ「円錐状」という別の概念に包含されるが故に、「棒状」とは言いにくくなるかもしれません。
 長さ方向と断面方向の比が近づく(F)のような形状だと、「円柱状」とは言えても、(細長い)「棒状」とは言いずらくなりそうです。
 (G)は、確かに、下の部分のみを見れば「棒状」ですが、上の部分も相俟って、「L字状」であり、「棒状」とは言いにくいかもしれません。(G)の場合だと、下の部分のみを捉えて、「棒状」であると主張することになりましょうか。

 これらの(A)~(G)の例を見ると、どれが「棒状」であり、どれが「棒状」ではないかの仕分けをすると、各人で答えが変わってくるかもしれません。

 「棒状」という、一見明確な概念と思われるものも、具体的な例を考えると曖昧だ(一義的に明確ではない)、更に言えば、不明確だと感じるかもしれません

 言葉というのは、全て曖昧です。ただ、普段はあまり意識しないだけです。

 特許権侵害訴訟において、クレーム文言の充足性が問題となるのは、被疑侵害品の具体的な構成との関係で、クレーム文言の曖昧さが顕在化するのです。

 被疑侵害品が(A)のような形状であれば、特に「棒状」について争う余地もなさそうなので顕在化しませんが、被疑侵害品が(B)~(G)のような形状になってくると、被告の訴訟代理人としては、「棒状」の文言非充足性を主張したくなって、うずうずしてきます(笑)。

 具体的には、①本件明細書の「棒状」に関する記載(定義や使われ方)を拾ってみたり、②広辞苑を引いてみたり、「棒状」の用語の使われ方をインターネットで調べたりします。

 では、充足性を判断する裁判官は、(A)はともかく、(B)~(G)のような形状の被疑侵害品を、(被告の主張を受けて)「棒状」か否かをどのように判断するのでしょうか。

 それは、また、次回以降に取っておくとして、もう少し違う例を取り上げてみます。機械分野の構造の例です。

「下層に到達する穴」

 「下層に到達する穴」の文言充足性です。

 左の図が実施例だとします。これは、文句なく「下層に到達する穴」と言えそうです。本件明細書にちゃんとクレームアップされた構成の根拠があるということになります。

 では、右図のような被疑侵害品が登場したらどうでしょう。穴の底にある細い1本の「針の穴」が下層に貫通している場合です。

 原告(特許権者)としては、「針の穴」の上の部分だけを「穴」と捉えると、その部分は「下層に到達」しませんので、充足性を主張できません。したがって、「針の穴」も含めて「穴」であるとし、穴の一部(「針の穴」部分)が、「下層に到達」しているから、充足であると主張するでしょう。

 一方で、被告(被疑侵害者)は、本件クレームにおける「穴」は上の部分だけであって、下の部分の「針の穴」は「穴」には該当しない、したがって、「下層に到達する穴」の文言を充足しない、と反論するでしょう。

 皆様が、裁判官だったら、どちらの判断をしますか。この例はある研修で使用したのですが、結構意見が割れました。

 もうちょっと現実的でよくある例(化学分野、数値限定発明)として、以下のような事例もあります。

「5mm以下の被膜層」


 「5mm以下の被膜層」の文言充足性です。文言は不明確ではないですよね。一義的に決まりそうです。

 確かに、左図のような被膜層であれば、全体にわたって被膜層が「5mm以下」ですので、文言の充足性は問題なさそうです。
 しかし、問題は、右図のように、被膜層の周辺で層が少し厚みが増しており、「5mm」を超えてしまっている場合です。実際に製品を製造すると、右図のようになることも多いでしょう。これが被疑侵害品だとすると、「5mm以下」の文言を満たすでしょうか、満たさないでしょうか。
 「5mm以下の被膜層」というのは、被膜層の全体にわたって5mm以下であることを要するか、という充足性の争点と言えそうです。

 皆様の中には、全体にわたって100%「5mm以下」ではないとしても、「5mm」より大きい箇所の割合を計測して、その割合に応じて、たとえばその割合が0.1%程度であれば大した割合ではないので充足と判断し、まぁ、20%を超えるようであれば、まぁまぁ割合が多いので、非充足と判断する、という意見が出るかもしれません。
 裁判官も同様に判断するでしょうか。でもその境界は人によって違いそうですね。裁判官にお任せしますか?

 もう一つ、情報処理の分野の例も挙げてみましょう。


「A条件に基づいてB処理がなされる」

 
 「A条件に基づいてB処理がなされる」の文言充足性です。

 上図の処理のパターンであれば、問題ありません。
 問題となるのは、下図の処理のパターンの場合です。
 確かに、「A条件に基づいてB処理がなされる」のですが、A条件からは、B処理のみならず、D処理もなされる。また、A条件のみならず、C条件からも、B処理がなされる。
 このような場合に、非充足論を展開することは、実務上結構あります。
 「基づいて」って、条件と処理が一対一で対応している場合に限られる?という文言充足性の争点とも言えます。

 いずれにも言えることは、一見明確な文言である「棒状の部材」、「下層に到達する穴」、「5mm以下の被膜層」、「A条件に基づいてB処理がなされる」というのも、(その範囲に明らかに含まれるとは言えない)被疑侵害品が登場した瞬間に、その曖昧さが顕在化するのです

 さて、「下層に到達する穴」、「5mm以下の被膜層」、「A条件に基づいてB処理がなされる」の非充足論の共通点は何かお分かりになるでしょうか。

 「一部でもそうであればよいか、全部でそうでなければならないか」、逆パターンですが、「他のものを含んでもよいのか、のみでなければならないのか、」です。

 一部であっても穴が下層に到達していればよいか(原告主張)、あるいは、穴全体が下層に到達していなければならないのか(被告主張)。
 一部の被膜層が5mmを超えていても問題ないか(原告主張)、あるいは、被膜層全体が5mm以下でなければならないのか(被告主張)。
 A条件のみの場合に、B処理のみがなされないといけないのか(被告主張)、あるいは、A条件以外の他の条件や、B処理以外の他の処理が含まれていてもよいのか(原告主張)。

 この「全部か、一部か」「のみか、他のものも含んでよいか」は、多分、文言解釈の争いのうちの(感覚的ですが)3、4割は、この抽象的な争点に帰着しそうです。

 この点を抑えておくと、被疑侵害者側のご相談で、人より非充足の(屁)理屈を多く見つけられますので「小林君、いろいろ思いついて凄いねぇ」と他の先生に言われます(笑)。

 もう3000字を超えてしまいました。

 このように、微妙な被疑侵害品の登場により、文言の曖昧さが顕在化した際、裁判官がどのような思考で判断するかは、次回以降にお話ししたいと思います。

 なお、明確性要件違反というのはダメです! 日本語は常に曖昧なのです。そんなことを言えば、全部のクレームが明確性要件違反になってしまいます(第三者の利益を害するほどに不明確でないといけません。)。

 あれ、でも、記載要件ばっかり打つ、そんな審査官いませんでしたっけ、という突っ込みが入りそうですね。そう、そういう審査官は、私が今日述べた雑談を理解せず、「棒状」の様々なパターンを勝手に思い浮かべて、いや「棒状」か否かの概念は不明確だぁと判断してしまっているのです。意見書でこのブログ記事でも引用して反論してください(笑)。

 きっと記載要件を打つ割合を、審査官別の統計を取ってみれば、結構幅があるのではないでしょうか。どなたか統計とってそうですね(笑)。

 また、時間があって気が向いたら、続きを書きます。

(ものすごい勢いで書いたので、間違っている部分や分かりにくい部分もあるかもしれませんが、また、時間のあるときに読み返して適宜修正します。すいません。)

 


 


 

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