真夜中の水面
あまり鏡を見つめすぎちゃいけないよ。
本物と偽物の区別がつかなくなるからね。
そのような注意喚起を耳にしたことがある気がする。
なぜそんなことを今更思い出したかというと、真夜中の蛍光灯の光の下、米を研いでいたからだ。古米を2合炊く場合は、水は3合に合わせるのよ。そう言っていた祖母が、鏡の言い伝えをよく口にしていた。
こんな時間に米を炊くのは初めてかもしれない。午前2時すぎに白米が必要になるなんて、思いもしなかった。別に炊かないなら炊かないで済む話なのだが、どうしても今やって置かなければ、後々困ることになりそうなのだ。
バーテンを生業にしている彼が、明け方帰ってきて、まず向かうのはきっと炊飯器だ。なぜって、昨日の夜中にいそいそと、自己流カレーを仕込んでいたから。
そんな大事な「2日目のカレー」があるのに、ご飯が炊けていないなんて、さぞかしガッカリするだろう。だからわたしは、夜中にしゃりしゃりと米を研ぐ。
「別れよう」そう言われてから、一週間が経とうというのに、わたしはまだ彼の機嫌を伺って夜中に飯を炊くような女なのだ。でも、今度こそ出ていくんだ。彼のカレーを一緒に食べたら、そのまま合鍵を置いて出ていくんだ。
本当に?
3合まで水を注いだ炊飯釜を見下ろしながら、水面に映る自分の顔が歪みながら揺れているのを、見つめた。
本物と偽物の区別がつかなくなるほどに。
長い間、ずっと、じっと。