見出し画像

空気の読めないフリーターがなぜ植物関連ブランドを始めることにしたのか。

昔の会社の同期が二人、結婚したらしい。まだ右耳は痛かった。その週初め、R-1グランプリ一回戦に出場してゼロ受けのまま舞台を降りてから、右耳に謎の痛みが走るようになった。渾身の漬物石スクワットを繰り出したときの深く沈むような会場の静けさを今でも思い出すことができる。

そのショックも冷めないままだらだらとインスタグラムを見ていたら、これだ。二人の結婚は奇しくも同じ日のことであったらしい。二人が共に驚き、喜びを共有し合う様子を眺めながら、自分が分厚いアクリル板に囲まれて隔離されたような感覚を覚えた。

わたしはその日、ひとつの仕事を控えていた。もう何度目になるかわからないスヌーズを止めてベッドから這い出る。部屋の寒さに震えながらその鉢を拾い上げた。アロカシアは枯れていた。もう数週も前のことだ。昼から強い風が吹いた。大きい葉を持つアロカシアアマゾニカは煽られて倒れ、門扉に絡まるようにして倒れた。それが止めとなって、ものの数日で灰色に枯れた。わたしは枯れたそれを部屋に入れて、ずっとそのままにしてしまっていた。

アロカシアの面影がわずかに残るその鉢から土を捨てた。埃のように舞った土からはほのかに泥の匂いがした。それは、かつて自転車レースのためにでかけた滋賀のマキノ高原で掘り起こされた泥の轍をトレースした、あの瞬間を思い起こさせた。そうして、わたしは事を起こすことにした。

商社で働いていたとき、その部署に「なにか新事業をやれ」というお達しがあった。社長がどこかで聞いてきた思い付きの指示であった。課員が集められて会議が開かれた。なにをやろうか、という曖昧な会議であった。
わたしはそういうとき、あまり空気が読めないらしい。
新事業をやるための目的意識や、ロードマップ、具体的なスケジュール感について持論を熱く語った。更には会議が終わった後に、具体的な行動案をまとめた資料を勝手に作って課長にメールを送ることまでした。課長はわたしに「参考にして進めよう」とは言ったが、具体的に何かが進むことは無かった。
しばらくしてから気付くことになるが、課の誰も新規事業に真面目に取り組むつもりはなかった。社長の気まぐれが止むのを待つ間、建前としてどういったことをしていくか。暗黙のなかにあった皆の了解に、わたしだけがまるで気が付かなかっただけなのだ。

また泥の匂いを嗅いだ。二日前に降った雨は、まだ山道を湿らせていた。リュックを背負ったまま丸太の階段を上っていく。低い山なので、頂上までは三十分程度しかかからない。山壁からは巨大なシダが垂れ下がっていた。

山の自然は、つまるところ自然ではない。管理された針葉樹林がただ広がるだけだ。木々の間は薄暗く、地面は脆い。見回してみても植物に多様さはない。ビル街から山に入れば、そこは間違いなく自然ではあるのだが、自然的な自然はとうの昔に失われている。
わたしは山道を上りながら、そのことについてひたすら考えていた。嘆きではない。ただ嘆いていてはだめなのだ。なにが課題で、どう解決していけばいいのか。自然を大事にせよと説いて回るか?植林事業を始めるか?頭のなかで繰り返されたのは事業のアイデア出しだった。

その山の頂上には簡素な展望スペースが設けられていた。銀板の地図には見晴らしが線画で描かれ、方角や地名が記されていた。実際の景色のほうは、灰色の街が広がる向こうに大阪湾が水平線を作っていた。
柵に手をついて、ぼおっと眺めた。五分ほど眺めていただろうか。ふと、笑い飯の鳥人を思い出した。お笑い芸人の笑い飯がM-1グランプリで披露した鳥人である。島田紳助が唯一100点をつけた鳥人のネタである。鳥と人間のハーフが出てくるあのネタのなかにこんなセリフがある。
「鳥と人間の境目を見せてあげようねえ」
当時のわたしはひっくり返って大笑いした。
はて、なんで今こんな時に鳥人が。
一瞬だけ不思議に思って、ああ、境目だ、と理解した。自然と自然じゃない物の境目はなんなんだろう。山のなかに自然がないなら、どこで自然がなくなって、どこに自然があるのだろう。その境目はどこにあるのだろう。自然じゃない物が無機物であったり人工物であったりするなら、街はきっと自然ではないし、管理された人工林もまた自然ではない。では、自然とはどこにあるのだろう。

その問いへの答えは、すぐに過去の自分が教えてくれた。
ああ、そういえばそうだ。

そこで、わたしはそれをなんとか再現することにした。
そして、それこそを事業にしてみたいと思った。
せっかくだからブランドってものにして、ブランド名を付けてみよう。
名前はmono-to-ha
かっこいいような、かっこわるいような。
まあ、いい。とにかくこれでわたしの思う自然を開発して、再現して、販売してみよう。

と、上記のような思い付きでもってmono-to-haは始まりました。
本当は最初から製品を販売したかったのですが、失敗に次ぐ失敗があったので売りたい製品は未だ手元にありません。
そこで、このnoteには逐一開発の進捗や構想、自然に対しての想いを書き連ねていくことになると思います。
そのなかで、わたしが再現しようとしている自然と無機物の境目、そしてその新たな可能性について、読んでいただける方々にお伝えしていきたいと思っています。

前段の長いポエムは必要だったのかと聞かれると、非常に心苦しいのですが、こういう一見関係なさそうな話から本題に入るというのを一度やってみたかったというだけのことです。話に嘘はありません。そういえばフリーター要素に触れるのを忘れていました。商社で働いていたとか書いていますが、現在は百均の電気コーナー担当です。両面テープの売り場はあっちのほうです。ということで、なにはともあれ無事是名馬でありまして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集