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大阪万博会場跡地のサーキット建設計画がかなり無茶に見える件

今年の4月から遂に大阪万博が開催されるが、開催後の会場跡地の一部土地(約50ha)の再開発の計画案について民間へ公募したそうでして。先日、優秀提案として2つの案が公表された。選ばれた2つの案のうち、最終的にどちらか1つに絞るとのこと。
そのうちの一方の案に「サーキット建設」が盛り込まれていることが分かり、motorsport.comで報じられた。https://jp.motorsport.com/f1/news/osaka-new-circuit-plan-after-expo/10687135/

概要としては再開発区画全てをサーキットにするのではなく、以下の様にホテルやショッピングモール、大型アリーナ等の施設の合間を縫ってサーキットを設営する複合的な区画にするとのこと。
大阪市は近年F1の大阪誘致を模索しており、motorsport.comはこれはF1誘致の一環としてF1や国内主要レース(SuperGT、スーパーフォーミュラ)が開催できるサーキットの計画なのではと推測している。

サーキットを含む大阪万博跡地の再開発計画案

大層夢のある話なのだが、私はこれを見て「このサーキットでF1誘致とか正気か?」と思ってしまった。
まだ計画案の段階で選ばれてすらいないが、もしこの案が選ばれてしまったらF1どころか国内モータースポーツの最高峰であるSuperGTやスーパーフォーミュラすら開催出来ないサーキットが爆誕する可能性すらある。

何故そう思うのか。
それは「再開発区画の敷地面積が狭過ぎる」からである。


「F1を開催できるサーキット」の条件

本題の前に、そもそも「F1を開催できるサーキット」とはなんなのか、その条件から話す必要がある。

サーキットが完成したらすぐにそこでF1を開催できる!という訳ではなく、FIAから審査を受ける必要がある。サーキットの規模、施設、安全対策等々をくまなくチェックされ、そのサーキットではどの規模のレースが開催できるのか、グレードに応じた「サーキットライセンス」が発給される。
グレード毎にサーキットで開催できる車両カテゴリーは以下の通り。F1開催の場合、最高グレードである「グレード1」が必要となる。尚、SuperGTやスーパーフォーミュラの場合は「グレード2」以上あれば開催できる。

サーキットライセンスのグレード
(国際モータースポーツ競技規則付則O項から抜粋)

つまり、F1を開催する為にはグレード1に見合うサーキットを建設して、FIAからグレード1のライセンス認証を受ける必要がある。
大阪万博跡地の再開発計画案でグレード1を取得できるサーキットを建設できるのか、というのが今回のお話のキモである。

土地が狭過ぎて最小全長距離以上のコースを建設できない?

では、具体的にグレード1を取得する上で懸念となる項目を挙げていく。

サーキットのグレードを判定する要素の一つに「サーキットの全長距離」がある。
サーキットのグレードの判断基準等が記載されている「国際モータースポーツ競技規則付則O項」にてFIA公認の選手権を開催する場合に必要なサーキットの最小全長距離が以下の様に定義されている。F1を開催する場合、少なくともサーキット全長は3.5km必要となっている。

FIA選手権毎に必要な最小全長距離(国際モータースポーツ競技規則付則O項 補則2より抜粋)

大阪万博跡地の再開発区画の敷地面積は約50ha、この広さの土地で全長3.5km以上のサーキットを建設できるのだろうか。
絶対に無理とまでは言えないが、この敷地面積では狭過ぎて建設困難なのではないかと私は思っている。

国内サーキットとの比較

何故難しいと思うのか、それは日本国内にあるサーキットの敷地面積と比べると分かってくる。
過去を含めてF1を開催したことのあるサーキット(鈴鹿サーキット、富士スピードウェイ、岡山国際サーキット)のサーキット全長距離と敷地面積は以下のようになっている。

  • 鈴鹿:全長 5.807km、敷地面積 約200ha

  • 富士:全長 4.563km、敷地面積 約225ha

  • 岡山:全長 3.703km、敷地面積 約100ha

尚、現在の基準で言うと、鈴鹿サーキットと富士スピードウェイはグレード1、岡山国際サーキットはグレード2となっている。

上記を見てもらうと分かる通り、グレード1を取っている鈴鹿・富士は大阪万博跡地の4倍、現在グレード2の岡山でさえ2倍の敷地面積を持っている。
敷地面積全てをコースとして使用している訳ではなく、この中に関連施設(ホテル、アミューズメント施設など)も含んでいる。しかし、以下の岡山国際サーキットの空撮を見て分かる通り、山の合間に敷地内にコースや必要な施設をギチギチに詰め込んでいるのを見るに、最低でも100haは必要なのかなと思っている。

岡山国際サーキット空撮

大阪万博跡地は岡山国際サーキットの敷地面積の半分しかない。更に土地の半分以上はホテルや商業施設に使われる為、サーキットで使用できる土地は精々20-30ha位である。
国内サーキットと比べて非常に狭い土地で、全長3.5km以上のコースとグレード1に見合う設備を建設できるのかというのは甚だ疑問である。

尚、GTにおける最小全長距離も3.5kmである為、3.5km未満の場合はSuperGT、スーパーフォーミュラすら開催出来ない、つまりグレード2の取得すら出来ない可能性がある。

モナコは特殊例

だが、最小全長距離3.5kmを満たないのにF1が開催されているサーキットが1箇所だけある。それはモナコGPが開催されるモンテカルロ市街地コースである。
モナコ公国の面積は約200ha、コースが設営される市街地に至っては30haにも満たないスペースに全長3.337kmのコースが設営される。

モンテカルロ市街地コース空撮

大阪万博跡地よりも狭い面積、更に最小全長距離に満たないのにも関わらずF1を開催できている。ならば大阪万博跡地も・・・と思うかも知れないが、それは難しいと思われる。
モンテカルロ市街地コースはサーキットに関する規定が制定される前からモナコGPを行うサーキットであり、FIAより特例として認められている。(法的根拠が無いかFIAのドキュメントを探してみたが見当たらず)
その為、新規で全長3.5km未満のサーキットを建設しても基本的には認められない、というかモナコ以外で全長3.5km以下のサーキットがグレード1を取得できた前例が無いため、ほぼ無理であろう。

常設サーキット+公道ならば可能性はある

現状計画されている用地だけではとても最小全長距離以上のサーキットを建設できるとは思えない。だが用地以外の場所、例えば公道部分を使用するならば可能性はある。つまり、万博跡地の部分に小さいサーキットを建設し、F1等の大きなイベントの際は常設しているサーキット+公道を組み合わせて大きなサーキットにしてしまおう、ということである。

「常設サーキット+公道」という組み合わせのサーキットは結構存在する。有名な例は「ル・マン24時間レース」が行われるサルト・サーキットだろう。サルト・サーキットのコースの一部は全長4.185kmの常設サーキットである「ブガッティ・サーキット」の一部を使用しており、その部分以外は公道となっている。

サルト・サーキットコース図
(点線がブガッティ・サーキット)

もし大阪万博跡地に小さなサーキットを建設し、F1やSuperGT等の大きイベントの時のみ公道部分を含めて大きなサーキットにしてしまえば、全長3.5km以上はクリア出来る。もちろん「常設サーキット+公道」もサーキットとしてFIAに申請可能なので、それでグレード1を取ることができれば問題無い。

ただし、一部公道を使用するとなるとサーキット建設のハードルが高くなる。
常設サーキットはもちろんのこと、公道部分もサーキットの一部になることを前提として整備する必要があるし、イベント前にはサーキット化する為に工事する必要がある。工事中はサーキット化する公道は通行止めになってしまうので、近隣住民や商店の理解も必須である。
また、その工事が年1回ならまだ良いが、F1、 SuperGT、スーパーフォーミュラと大きイベント毎に工事して通行止めになったらたまらない。
他にも越えねばならない壁があり、常設サーキット+公道は可能性としては有りだが課題は常設サーキット建設よりも多い。

冒頭で挙げたmotorsport.comの記事によれば、大阪のF1誘致計画はF1だけでなくその他モータースポーツイベントを開催する事も目指す計画だそうだ。

この誘致計画の存在が明らかになった当初は、F1誘致のみに焦点が当てられていた。しかしその後計画は拡大し、F1のみならず様々なモータースポーツイベントを開催することを目指す方向に軌道修正された。

motorsport.com

その為の常設サーキット建設だと思うのだが、公道区間を合わせないとF1はもちろんの事、SuperGTやスーパーフォーミュラ等の主要モータースポーツイベントでさえ開催出来ないのは最早公道のみのサーキットとあまり変わりがない気がする。

サーキット建設は専門家が必須

想像ではあるが、この計画を考えた方々はサーキット建設に関する知見が無く、近頃F1誘致に興味を示す大阪市が目を惹くような計画としてサーキット建設を盛り込んでみたのではないかと推測する。
だからこそ、F1を開催するためのライセンスが必要であること、ライセンス取得のためにそれなりの規模のサーキットを建設しなければならないこと等、F1を開催するサーキットを建設するために必要なことが計画の段階から特に考えられていなさそうというのが、再開発区画の敷地面積だけでもなんとなく想像できてしまう。

とはいえ、サーキット建設のノウハウなど一般の建築関連企業が持ち合わせているとは到底思えないし、そこまで考えが至らないのは仕方が無いことである。その為、サーキット建設にはライセンス取得なども含めて、それに通じた専門家によるコンサルが必須である。
1990年代から世界中ほとんどのサーキットを手がけるヘルマン・ティルケがサーキット建設に引っ張りだこな理由はここにある。彼はサーキット設計だけでなくライセンス取得のノウハウもあるため、サーキット建設の計画から設計、ライセンス取得の為の施策までワンセットで請け負える建築家なんて彼くらいしかいないだろう。

話が逸れたが、計画構想の段階でちょっとでもサーキット建設やサーキットライセンスに詳しい人にちょろっと聞けば、この計画ちょっと無理じゃね?というのが分かると思うのだが、計画となって形になっているのを見るに恐らく聞いてはいないのだろう。
もし、専門家からの意見を聞いた上でGOサインが出たのならば、私には想像し得ない秘策がもしかしたらあるのかも知れない。その秘策に淡い期待を持とうではないか。


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