北野雅弘

群馬県立女子大学名誉教授。専門は美学・文芸学、ギリシア悲劇論

北野雅弘

群馬県立女子大学名誉教授。専門は美学・文芸学、ギリシア悲劇論

最近の記事

ブレヒト『アンティゴネ』翻訳ノート⑺:エクソドス

エクソドス (B1228-1300) ソフォクレスでは、エクソドスで、召使が伝令として登場し、クレオンがポリュネイケスの埋葬を行ったのちに、アンティゴネを埋めた岩穴に向かうと、アンティゴネはすでに首を吊って自殺しており、ぶら下がった死体の下でハイモンが足に縋って泣いていた。息子に声をかけるが息子は黙って彼に切り掛かり、失敗すると腹に剣を刺して自害してしまったことを告げる。王妃エウリュディケがそれを聞いて、黙って館に戻って自殺する。アンティゴネとハイモンの遺体を伴って登場した

    • ブレヒト『アンティゴネ』翻訳ノート⑹:第五エペイソディオン第五スタシモン

      第五エペイソディオン (B884-1189) 予言者テイレシアスが登場し、占いの失敗をクレオンに告げる。最初はヘルダーリンを利用するが、テイレシアスによるクレオンの戦争への非難は、当然のことながらブレヒトの独自テクストが中心になる。 テイレシアスは、占いの座で、鳥たちが騒ぎ立てるために火占を試し、牛の腿を火にかける。 続けて、「油臭き煙が立ちこ め、覆っていた脂は溶け落ちて、生贄の獣の太腿が剥き出しに見えた」(B926-928)と述べられているように、「火に」「よい兆し」

      • ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート⑸:第四エペイソディオンと第四スタシモン

        第四エペイソディオン(B744-B856) ソフォクレスの第四エペイソディオンに対応するブレヒトのテクスト(B744-856)は、アンティゴネの嘆き(コンモス)から始まり、コロスとの応答、クレオンを交えての対話とアンティゴネの退場と続く。ヘルダーリン訳をかなり利用しつつ、ブレヒトの独自テクストの比重が増えてゆく。 ソフォクレスの、"οὔτε ξιφέων ἐπίχειρα λαχοῦσ'"「剣の報いを受けるのでもなく( S820)」をヘルダーリンは"Nicht für d

        • ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート⑷:第三エペイソディオンと第三スタシモン

          第三エペイソディオン 父としての情にすがってアンティゴネの助命を求めるハイモンを嘲るクレオンの言葉 クレオンは、助命嘆願に来るような生意気な子は自分には災難で、敵には嘲けりの種になるとして、ハイモンを黙らせようとする。その後の、"Saures / Ätzt Gaumen, und drum wird's geboten." 「酸は口を焼く。だから用いられるのだ」は拷問を暗示し、ハイモンが沈黙するようにとの脅しで、酸を用いる(と脅す)のはクレオンである。食べ物ではないし、ハ

        • ブレヒト『アンティゴネ』翻訳ノート⑺:エクソドス

        • ブレヒト『アンティゴネ』翻訳ノート⑹:第五エペイソディオン第五スタシモン

        • ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート⑸:第四エペイソディオンと第四スタシモン

        • ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート⑷:第三エペイソディオンと第三スタシモン

          ブレヒト『アンティゴネ』の翻訳ノート⑶ 第二エペイソディオン~第三スタシモン

            第二エペイソディオン(B311- 572) コロスは見張りにアンティゴネが連れられてくるのを見て驚く。 見張りはアンティゴネを今度は現行犯で捕え、連れてくる。それを見てコロスは、「アンティゴネ」ではないと言いたい気持ちに駆られる。それが「神のVersuchung」なので「試練」ではなく「誘惑」。「キリスト最後の誘惑(Versuchung)」で悪魔はキリストに試練を課したわけではない。 これも選択ないし解釈の問題。 この箇所は「著作集」11巻にはある。初演時の演出用

          ブレヒト『アンティゴネ』の翻訳ノート⑶ 第二エペイソディオン~第三スタシモン

          ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート(2) エイソドスと第一エペイソディオン・スタシモン(B106-310)

          本編のエイソドスと第一エペイソディオン ソフォクレス版のエイソドスに対応する箇所は、ブレヒトの独自テクストなのでTもIも大きな問題はないように見える。老人たちのコロスは勝利とそれがもたらす略奪を喜んでいる。戦いはアルゴスで起きているので、コロスは「勝利した」という報告を聞いて喜んでいるに過ぎない。登場人物としてのコロスは、後半でテイレシアスによってその「報告」が間違っていること、戦争がうまく進んでおらず略奪の見通しが暗いことを知って初めて、コロスはクレオンに対する態度を変更

          ブレヒト版『アンティゴネ』の翻訳ノート(2) エイソドスと第一エペイソディオン・スタシモン(B106-310)

          ブレヒト『アンティゴネ』の邦訳ノート⑴ 序劇と本編のプロロゴス

          作成者:北野雅弘 群馬県立女子大学文学部名誉教授 序 2021年-2022年にかけて、ベルトルト・ブレヒトの、「ヘルダーリン訳によるソフォクレスのアンティゴネ」を翻訳して、群馬県立女子大学の紀要に掲載してもらった。ブレヒト版の『アンティゴネ』は、すでにいくつも邦訳があるが、文法的なものから解釈に関わるものまで、既訳は大体一致しているのに私の理解とは全くズレている箇所がいくつもあり驚いた。いくつかはTwitterで指摘し、Togetterで自分でまとめたのだけれど、原文と既

          ブレヒト『アンティゴネ』の邦訳ノート⑴ 序劇と本編のプロロゴス