【経営理論】"筋"としての経営戦略 市場でもビジネスモデルでもない重要な戦略要素
この記事は、最も戦略的な思考が必要な反面、最も見落とされている経営戦略の要素である”筋”としての戦略、つまり成功の達成経路の選択としての戦略について考察するものです。
一般に戦略と呼ばれているもの
一般に事業戦略を構成している第1の要素は、関与する市場です。事業は、身を置く市場の成長性や収益性から大きな影響を受けます。成長している市場、市場価格が高価である市場に身を置けば、自社も成長し利益を上げられる可能性が高いと言えます。
リソースベーストビューと言われるものも、行きつく先は市場の選択です。自社の持てる資源を活かせる市場を選択すれば、その市場内でのシェアを大きくすることができます。反対に、いくら成長し、収益性が高い市場でもシェアを取れない市場を選択してしまうと、努力をしても競合にかなわなず無駄となってしまうため、自社の持てる資源を観て「勝ちいくさ」のみに臨まなければならないのです。
第2の要素はビジネスモデルです。他社と違う仕組みを構築して独特の差別性を生み出せば、それを歓迎する顧客を強力に引きつけることができます。特に最近のデジタル化は新しいビジネスモデルを生み出すことを可能にし、ビジネスモデルは従来にも増してその重要性が認識され、脚光を浴びています。
成功の実現過程の選択としての戦略
しかし、これらの他に事業の成否を決定づける要素はないのでしょうか?私は、「成功」を実現する過程の選択、つまり目標たる状態の実現経路や順番のデザインこそが極めて重要な戦略の要素だと考えています。
これらを戦争における戦略に例えると、市場の選択というのはどの戦場で戦うかということであり、ビジネスモデルというのは日本海海戦の丁字戦法や長篠の戦いの三段論法のように自軍をどのような陣形でどのように機能させるかということに相当します。しかし、それらとともに戦争での勝敗を決定づけるのは、どのように敵とコンタクトし始め、どのように攻めて勝ちに至るかという筋書きで、ビジネスでも同じように最初は希少な資源を用いて競合に潰されずに事業を成立させ、競合から顧客を奪っていき、資源や能力を増強したうえで最終的に優勢に至るのかという筋書きが必要だと考えます。ここには市場やビジネスモデルというような比較的静的な思考対象と異なる、動的でインタラクティブな思考が必要となるため、複雑な思考が必要となります。
市場の選択とそこへの資源配分というのは、戦争で言うと大本営的な戦略であり、「ルソンで米軍と対峙する。ついては第四十三師団をルソンに投入する。」という判断と性質が同じです。しかし、現地に派遣される司令官は所与の兵員や装備を使って敵にどう勝つかという戦略を立案しなければならなりません。どういう陣形を形成するかという判断とともに、具体的にどこで初戦の戦火を切り、どう打ちかかって敵を殲滅するかという"筋"を立案しなければならないことになります。従って、筋というのはCEOレベルではなく事業部長レベルの戦略なのですが、それでもそれが重要であることはこの例えから理解していただけるものと思います。
このような打ち手のシーケンスをシナリオやストーリーと呼んでもいいのですが、例えばシナリオプランニングで言うシナリオは環境変化の物語を指していて戦略、つまりこちら繰り出す施策ではありません。ストーリーというの語もいろんな意味を含んでいて、事業要素間の循環関係のようなものも含んでいるように思うので、ここでは敢えて"筋"と表現しておきます。
"筋"の戦略の重要性と再現可能性
将棋は、"筋"で戦うゲームです。1つの戦場の中で全く同じ資源(駒)の種類と量、シンメトリックなポジションからゲームが始まり、どのように駒を運用していくかによって勝敗を決します。将棋は、この記事のテーマである"筋"の戦略がどのような性質を持っているかをよく見せてくれるものだと考えています。
将棋の例えで注目すべき点の1つ目は、強い棋士は初心者に対して「飛車角落ち」というような極めて重要な駒を欠いた状態からも勝つことができるということです。これは、"筋"が資源の多寡を上回る力を発揮し得る戦略上の要素だということを示している思います。実際にビジネスにおいても、小さな会社から大企業へと成りあがった例は枚挙に暇がありません。
注目すべき点の2つ目は、将棋での勝利は偶然ではなく、明らかに棋士の力量に依存しているということです。将棋が上手な人は、いつも勝つことができる。つまり、その意味で勝利に人依存の再現性があるということです。ビジネスではシリアルアントレプレナーという、いくつもベンチャー企業を立ち上げている人たちがいます。彼ら彼女らは、ビジネスの立上げに関して"筋"の組み立て方がうまい人たちと理解できると考えます。
注目すべき点の3つ目は、将棋はトレーニングによってある程度うまくなれるということです。もちろん、天才的に将棋が上手な人もいるのでしょう。中学高校レベルの将棋部の強さを観ると、ある程度その学校の偏差値に比例しているということを聞いたことがあります。しかし、そういう人とて真の強さを発揮するためにはトレーニングが必要ですし、凡人であってもある程度のレベルまではトレーニングによって到達することができます。このような性質は、スポーツや芸術のそれに似ていると思います。天賦の才に強く影響を受けるものの、誰でもトレーニングで上達できるのです。
何の”筋”なのか? ー 筋の分類
私は、"筋"は、いくつかの種類に分類できると考えています。
1つめ目の種類は能力獲得の"筋"であり、どのように競合に伍する、あるいは競合に勝る能力を獲得していくかという過程です。まずは企業グループの中で経験を積み、それを方法論化して外販に臨むであるとか、和民のように先ずはフランチャイズとして経験を積んだ後に完全に独立の店舗運営に乗り出すというようなものがこれに当たります。
2つ目は、市場侵攻の"筋"であり、テスラのようにまずカネに糸目をつけない超富裕層相手にスポーツカーを売り、生産台数が増えるに従ってコストダウンが進むため少しずつ下の層を狙った製品投入を行う、そうするとどんどんと生産台数は増えるので、更にそれを繰り返すと言ったものです。新規市場に参入する際にも、まずは自社の既存製品やチャネルを流用できるようなところに橋頭保を確保し、そこから少しずつ市場拡大を狙うというようなことが考えられます。
3つ目は、規模への依存度を変化させることです。例えば、レストランチェーンを構築するときに最初は店舗ごとの調理を行い、ある時点でセントラルキッチン方式に移行するとか、最初は儲からなくても安定的な事業形態や市場を選択し、次第にリスク許容度を上げていくとかというものです。
4つ目は、対峙する敵の順番です。市場の成熟に従ってプレーヤーの集約が進みますが、まず小さな競合の買収や合併から始め、自社が買収や合併によって大きくなるにつれて次第に吸収する競合のサイズを上げ、最後には市場支配に至るというようなものがこれです。鉄鋼生産におけるミタルなどがこの好例です。軍事の例えですが、秀吉は小牧長久手の戦いで徳川に勝てないと悟るとまず西国を統一して兵糧や兵員の調達力を劇的に向上させてからそれを見せつけて徳川を恭順させ、その後に小田原で北条と対峙しています。この時点に至ると調達できる資源量には北条と圧倒的な差をついています。小牧長久手の結果からわかるように、西国統一前に先ず徳川とまともに戦ったのでは天下統一できなかったはずです。
実際には、これらのような素直でメインストリームの"筋"だけではないと思います。傍流の筋をいくつも作り出して敵を攪乱するとか、罠を用意して敵を追い込んで自滅させるというような、ちょっと卑怯な超戦略的な"筋"もあるのだと思います。将棋でも自分が不利だと悟ると相手の攪乱に入るというようなことがあるようですし、孫氏を読むとそのような謀略がいくつも出てきます。
"筋"の戦略立案方法
実際に事業戦略を立案する際に、どのように"筋"を立案したらよいのかを知りたくなります。
前述したように、ゴールオリエンテッドに現在に至るまでつながった筋をデザインするのが基本だと思います。"筋"の戦略というのは、プロジェクトに他なりません。最近「バックキャスト」という言葉が流行っているように思いますが、これはプロジェクトマネジメントの考え方からすれば当たり前のことで、"筋"こそがバックキト的に計画するのに向いています。成功の状態をできるだけSMARTに定義してから、そこに至る途をゴールオリエンテッドに考えていきます。市場やビジネスモデルと同様に複数の経路オプションがあればそれを示した後にPro/Conを考え、最もリスクが少なく目標への到達蓋然性が大きい筋を選択するのがよいと思います。
"筋"の戦略の立案が難しい理由の1つは、自社の繰り出す打ち手に対して競合がどのように対応するのかが読めないことです。更には、多くの蓋然性の連鎖になることから、本当に筋書き通りに物事が進むのかを確信できないことです。そして、何が筋を分岐させているのか、何が勝敗を決める重要な分岐点なのかを全体を観るまで読めないのです。ゴールオリエンテッドにデザインしたとしても、もう一度最初から時間の経過通りに行ってみて、無理がないのか、敵に邪魔されたりしないのかを確認する必要があります。
兵棋演習(War gaming)というものがあり、軍事では自軍が繰り出す戦略に対して相手がどのように行動するのかを観たうえで自軍の取るべき戦略を打ち出していくわけですが、様々な"筋"をシミュレーションした上で、最適の"筋"を選択するというものです。将棋などでも、やはり思考としてはシミュレーションなのであり、シミュレーションが"筋"の戦略について非常に重要な役割を果たしていることがわかります。競合になり切った相手を用意して、兵棋演習してみるのも、"筋"の戦略の立案にとっては非常に有益でしょう。
"筋”の戦略の媒体
戦略とは、計画です。"筋"としての戦略は、どのように計画されるべきなのでしょうか。
新規事業を立案する際には、事業計画の中でこれを検討することが望まれます。まず数年で意味のある規模に到達することが当面の目標になるでしょうから、そこまでの"筋"を描き、それをアクションプランなどに落とし込んでいきます。
継続的な事業では、中期経営計画や長期経営計画の中で"筋"を立案すべきものと私は考えます。これらの計画は1年ではなく3~5年、長いものでは10年の計画となっていますから、"筋"を表現するのには最適な媒体であるということができると思います。
ところが、両方ともどのようにビジネスを組み立てて行くのかという"筋"についてはあまり語られず、市場とビジネスモデルが語られた後に年度ごとの財務が示されるにとどまることが多いと観察します。本当は財務の裏側にある戦略がないと財務を企画できないはずなのに、それは通常示されていません。示されないどころか、どのように財務の推移を考えたのかを問うと、数年後の目標数値に対して等しく売上を配置し、それに見合うコストを配置したに過ぎないというものが殆どです。
"筋"としての戦略の学び方
「坂の上の雲」を読むと秋山真之が伊予水軍の作戦を研究する場面が出てきます。私は防衛大学校などで現地軍の作戦の立案についてどのようなトレーニングを行っているのかについては詳しく知らないのですが、軍事における指揮官の訓練には多くのケーススタディを含んでいることは間違いないと思います。将棋を学ぶ際には棋譜を使って学習を進めます。ビジネスでも、ケーススタディを繰り返すのが筋を会得する効率的な方法であると考えます。茶の湯のように効率的な"筋"を方法論化できるのが望ましいのですが、なかなかそうはいかないとは思うものの、やはりパターンをいくつも収集するのが"筋"を教育し、学習する近道だと思います。型稽古のようなものですね。
コンサルタントとして、市場やビジネスモデルのコンサルティングをするのは当たり前のことですが、この"筋"についてのコンサルティングができるようになりたいものだと常々思っています。
ロジカルシンキングなんかできて当たり前のものですし、少し頭がよければ誰でもできる。ロジックこそがコンサルティングであるというのは、クライアントの方が経験が上であり、しかも若いリソースを使って商売を進めなければならないコンサルティングファームの経営者が考え出した「ご都合」であり、クライアントとしては、その土俵に乗る必要はありません。
"筋"はアートであり、経験の積み重ねであり、戦略性が色濃く宿るものです。本当の参謀や軍師というのは、"筋"に関する能力を会得してこそなれるものだという想いが、私にはあります。私の価値観ですがそれができるコンサルタントこそ、真のコンサルタントであり、カッコイイと思っています。
ビジネススクールでも、"筋"のトレーニングができるようなケーススタディを行いたいものですが、私の知る限り、いまのところ大本営的な大上段な戦略のケーススタディに留まっています。"筋"のパターン収集とともに、本当の意味での実務家教員が必要になるのだと思います。
以上読んでいただいてお判りいただけたと思いますが、"筋"というのは現在の事業戦略研究における重要なミッシングピースです。もう少し研究して著作も行いたいものだと考えています。
"筋"の戦略は、この本に概略を紹介しています。不足だとは思いますが、読んでいただけると幸です。
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