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事業要素間の循環としてのビジネスモデル


一般にビジネスモデルと呼ばれているものと循環のビジネスモデル

ビジネスモデルとは、事業の仕組みです。一般的には、チャネルやサプライチェーンのようなプロセス的な仕組みや構造のことを指しています。これとともに、カネをどこから得、どのように回していくかという財務モデルもビジネスモデルの一種と認識されています。
これらとは異なり、事業要素の間に影響関係が存在し、ビジネスが自己再強化されるようになっているような循環をビジネスモデルと呼んでいる例がいくつもあります。例えば、キース ヴァン・デル・ハイデン 著、西村 行功翻訳『シナリオ・プランニング「戦略的思考と意思決定」』の第8章には、以下のような図がビジネスモデルの例として記載されています。これが、私のいう事業要素間の循環としてのビジネスモデルです。

キース ヴァン・デル・ハイデン 著、西村 行功翻訳『シナリオ・プランニング「戦略的思考と意思決定」』1998年ダイヤモンド社 174頁から引用

このような循環関係を「ビジネスモデル」と呼んでいいものかという疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。しかし、事業要素間の循環関係は、プロセスやポリシーと同じような意味での仕組みではないものの、複数の事業要素間に影響関係やフィードバック関係があることを見抜き、それを利用して事業に配置していくことにより循環を発生させることは可能なのであり、それをもって仕組みと呼んでいいと思います。そしてなにより、この循環は事業を自己再強化するように働き、競争優位の重要な源泉の一つとなっています。そのため、これをもって競争優位の源泉であるビジネスモデルを議論することは適切なことだと、私は考えています。プロセス的、構造的なものに目が行ってしまい、この循環関係は忘れがちなものであり、経営にあたっては、この点に意図的に注意を払う必要があるのではないでしょうか。
事業要素間の循環関係は、意図せずに発生したり、終了したりもします。経営者としては現在自社の事業に発生している循環を見抜いてそれを強化するようにすべきだとともに、何によってその循環が終わるのか、あるいは弱められてしまうのかを見抜き、その原因である事象をできるだけ排除していくことが必要です。

事業要素間の循環が存在する例

例えば、人気の男性タレントを多く抱える芸能事務所は、そのタレントがテレビ局や出版社、広告代理店などに持つ影響力のゆえに、それらのタレントとともに新たなタレントを売り込むことが可能となり、新たなタレントをデビューさせられるがゆえに多くの男性タレント候補が集まります。その結果、この芸能事務所は多くのタレント候補から優良な次世代のタレントを育成できることとなり、彼らの人気によって更にテレビ局や出版社、広告代理店への影響力を強めていくことになります。
大手のタクシー会社は、自社の無線のもとで運行するタクシーの台数が多く、空車として流しているタクシーの運行密度も高いため、顧客にとって電話でタクシーを呼ぶ際の第1の選択肢となります。その結果、この会社のシェアはさらに上がり、運用するタクシーの台数が更に増えるため、そのことが顧客の選択対象としてさらに魅力を増していきます。運送業界ではこのように規模による好循環が強く働くため、航空会社やコンテナ船運行会社はグローバルなアライアンスを形成しています。自社を超えてアライアンス全体でこの好循環を機能させるためです。
アマゾンの創業者であるジェフ・ベソスは、アマゾンの構想としてレストランの紙ナプキンに以下のような図を描いたと伝えられています。これこそが、事業要素間の循環のビジネスモデルです。

ジェフ・ベソスが紙ナプキンに描いた図


なぜ循環が重要なのか

なぜ循環関係が重要なのかというと、循環を先にスタートすることによって競合が追い付けなくなるからです。プロセスや構造の仕組みだけでは、必ず模倣が起こります。既存の競合にとっては社内で既存のビジネスモデルとのカニバリゼーションを起こすなどの問題はあるものの、競合を模倣したビジネスモデルを構築可能なのです。例えば一世を風靡したデルモデル、つまりPCを直接受注し、顧客の注文どおりのカスタマイズされたPCを受注生産して持ち届けるモデルにより、デルは大きな競争力を持っていました。しかし、デルモデルは、もはやその力を失っています。なぜなら、HPやLenovoなど主要なPCメーカーがこぞってデルモデルを模倣しているからです。
しかしながら、循環関係が存在すると、先にスタートした事業者に後からスタートした事業者が追い付けません。先に循環を廻している事業者の支配力が強力であるため後から同様の循環を廻すことが容易でないばかりか、後発者が循環を廻し始めることができたとしても先にスタートした事業者も同様に循環関係を廻しているため、永遠に追いつけないのです。
更に、あたかもレシプロの内燃機関がスターターモーターによって外らか回転を与えないと運転を開始できず、ラムジェットエンジンが機体と大気の相対速度が一定の速度を超えるまで従来型のターボジェットエンジンで加速しなければならないように、外から何らかの力を加えないと循環関係がスタートしないということが往々にして起こります。このことは、既存事業者に資源的に劣る新規参入者にとってきわめて不利と言わざるを得ません。ここでは循環が競争への参入障壁として機能しているのです。

循環の一種としてのネットワーク効果

このように見てくると、例えばダイレクトモデルがインターネット登場前から存在し、デジタル技術はそれを加速、強化しているに過ぎないのと同様に、プラットフォームというモデルも、それ以前から存在している循環モデルをデジタルを使って強化したものに過ぎないということもできると思います。循環関係はプラットフォームにだけ働くものではありません。しかしプラットフォームは、自己再強化的な循環の最もわかりやすい例だと言うことができます。
プラットフォームというモデルは、一見他のモデルと全く異なるモデルのように見えます。チャネル構造やサプライチェーンの在り方がモデルだと考えるとプラットフォームはそのどちらにも当てはまらず、これも本当にビジネスモデルなのかと疑問に思った方も多いのではないでしょうか。そのように見えるのは、そのよって立つ動作原理(=循環関係)が、他のモデルが成立する原理とは一線を画するものだからだと思います。
なお、ネットワーク効果は、循環であるため、プラットフォームを構築しただけでは働き始めないことは、容易に想像できるでしょう。PayPayの「100億円あげちゃうキャンペーン」のように外から廻す力を投入できるとしたらそれは決定的に有利に働きますが、スタートアップにはこれは難しいため、循環関係の起動はプラットフォームをスタートする際のハードルとして機能します。

どこから循環を廻し始めるのかという選択としての戦略

このように多くの場合に、循環関係をスタートさせるためには外部から意図的に力を加える必要があるのですが、どの事業要素を掴んで動かせば全体を容易に動かすことができるのかを見抜くことが必要となります。複数の事業要素の中で、外から力を加えて動かせるものと動かせないものがあり、動かせるものの間でも容易に動かせるものと、そうでないものがあるのです。戦略とは選択の問題であり、代替案の中から優良な選択肢を選定して傾斜的に資源を投入することですから、新規に事業を開始する者にとってこの力をかける事業要素を選択するということは、重要な戦略です。どの要素を選べばよいかは、要素ごとの入手の容易さや、既存事業からの流用可能性、アライアンスなどでの調達可能性などによって場面ごとに異なります。これを適切に見抜き、実行できるというところに、観察眼や戦略的思考が存在します。近年、シリコンバレーなどで引っ張りだこのグロースハッカーたちは、この能力に特別に長けた人たちだということができると思います。

ビジネスモデルキャンバス(BMC)の限界

ビジネスモデルを記述する道具としてよく使われているビジネスモデルキャンバスでは、このような循環関係を記述しにくいと言わざるを得ません。循環関係は、複数の要素の影響関係が時間とともに循環しているものであり、ビジネスモデルキャンバスのようにスナップショット的、分解的、網羅的なフレームワークには向かないのです。もちろん、矢印などを書き入れて工夫してもいいのですが、それであれば別にキースヴァン・デル・ハイデンらが使ているような図を最初から描いた方がいいと言えると思います。デル・ハイデンやベソスが用いている記述方法をインフルエンス・ダイアグラムと呼びます。循環関係を記述するのにはこの方法が最適なのです。

奥深いビジネスモデルの世界

以上をまとめると、循環関係は、特に既存の事業を経営する経営者にとって、自社を繁栄させ、他社の攻撃から守ってくれる重要なものであり、どのように循環関係を成立させ、強化していくのか、どの要素を選択して力をかけていくのかというのは、事業経営者の戦略的な思考の中でも極めて重要だということができます。
そうであるのに、一般にビジネスモデル論では、プラットフォームのネットワーク効果が語られている程度で、循環関係自体への注意はそれほど払われていないのではないかと思います。この記事は、そこへの注意喚起として書きました。
ビジネスモデル教育のほとんどは、ビジネスモデルキャンバスを描くというようなフレームワーク教育的なものであり、なぜビジネスモデルキャンバスが有効なのか、これを使ってどのようにモデルを作るといいのかなどの説明すらないというようなものが多く、非常に残念に思っています。
ビジネスモデルの世界は奥深いもので、事業要素間の循環はその奥深さの一端を垣間見させてくれるものです。奥深いがゆえに、その探求は楽しいものです。ビジネスモデルの探求をご一緒に楽しみましょう。

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