ツボ【2】多段階契約の意味を互いに理解する
2回目のテーマは多段階契約です。
多段階契約の評判は悪い?
システム開発取引の特徴の一つに,1つのシステムを完成させるまでの間にいくつも契約を締結するという「多段階契約」があります。もともと,ソフトウェアの開発がウォーターフォール式で進められていたことから,その工程(フェーズ)ごとに契約も分けて段階的に締結していこうという発想から来ていると考えられます。
しかし,この多段階契約はユーザからの評判が良くないことについては,あちこちで言われています。その理由はいろいろありますが,法的な観点から一つ挙げるとすると,基本契約中の責任限定条項の「賠償額は,原因となった個別契約で定める業務委託料の額を上限とする」旨の規定(いわゆるキャップ条項)との関係があります。責任限定条項全般の解釈については別のツボに譲るとして,この条項を前提とすると,ベンダは契約を細かく分けておいたほうがキャップが小さく(低く)なります。
他にも,プロジェクトスタート前の提案段階で示された「概算見積」の額に何らの法的拘束力がなく,フェーズが進むごとに金額が予定よりも膨らんで,いつのまにか概算金額の倍以上になってしまったというようなことがしばしば起きています。この点について,ベンダは何らそのことについて責任を負わない,多段階契約はユーザにリスクを押し付けているだけに過ぎない,といった批判もあります。
実際に,私が見てきた例でも,一つのシステムを開発するのにフェーズや領域ごとに40や50にも個別契約を分けているケースがあり,果たしてそこまで細かくする必要があるのか,疑問を感じることもあります。
究極的には1つの契約であるとの主張
では,多段階契約で細かく契約を分けていくことが,本当にベンダにとってのリスクヘッジになっているのでしょうか?あるいは,分けることはベンダの利益のためだけに行われるものでしょうか?
紛争が起きると,ユーザからは必ずといっていいほど,「形式的に個別契約に分割して発注していたに過ぎないが,すべてはシステムの完成を目的とするものであって,実態的には一つの請負契約が締結されていた」との主張がなされます。なので,下流工程で失敗して解除した場合には,上流工程も含めてすべて遡及的に効力を失い,支払済の代金相当額は原状回復の対象となるという主張です。
この種の主張は,契約の形式面から離れたものですから,裁判例の傾向に照らしても,さすがに簡単に受け入れられるわけではなさそうです。しかし,この契約の一体性,牽連性,密接関連性というのは事案によって様々です。東京地判平28.10.31のように密接関連性がある個別契約も解除できるなどと一体的に捉えると評価できる例や,逆に東京地判平28.4.28のように個別契約一つ一つについて債務不履行の有無を検討するなど別個独立して捉えた例もあるなど,裁判所の判断が予測しづらい面があります。
私自身が担当したケースでも,いずれも和解で終わっていますが,裁判所が一体的に評価すべきとした例,別々の契約として捉えていた例,その折衷的な例,それぞれあります。
なぜ契約を分けるのか,ということについての説明・合意が必要
契約の個数論,関係論の判断は,どこが決め手になるのか,というところは難しい問題ですが,一つ言えることは,なぜ契約をその単位で分割したのかを説明できるかどうか,契約を分けることの合理性を説明できるかどうか,がポイントになるということです。
契約をどの単位で分割するのかということは,ベンダの営業担当が主導してユーザの同意を得て個別に発注してもらうというケースが多いようです。その際,なぜ,そこで分けたのか,分ける必要があったのかということを説明し,納得を得ていたかどうかというのが契約の実質的一体性・関連性と関係してくるように思います。
分ける理由はさまざまです。一般的に思いつくものとしては,次のようなものがあります。
・全体のスコープが見えないから下流工程の見積もりができない(作業範囲が見えている工程(要件定義等)までを切り出して契約する)
・開発工程以降は再びコンペにしたいとの意向が出ているので,その前までを切り出す
・作業の性質や役割分担が大きく変わるので,同じ条件で締結することは実務に合わない
契約の分割・個数は,ベンダ主導で決めなければならないものでもありません。ユーザもRFPなどで契約方法,構造について要望を伝えていくことも必要でしょう。
こうしたやり取りを経て双方合意の下で契約を分割することにした場合には,後になって「一体的な契約であった」という主張は通りにくくなると思われます。
分割検収・分割支払いと多段階契約は必ずしも同じではない
長期にわたるシステム開発取引では,1年,2年に渡って報酬の支払いがなされないとベンダとしては資金繰り的に困ります。それを理由に多段階契約が提示され,ユーザも「確かに1年以上払わないと困るよね」みたいなやり取りが行われることがあります。
しかし,支払方法と多段階契約は必ずしもリンクしません。1つの契約において,分割検収あるいは分割払いということは可能です。1つの契約においても検収を分割して行われた場合には,検収済みの部分に解除の効力が及ばないとした例もあります(東京地判平25.7.18。改正民法634条参照)。