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「天城山からの手紙」4回目
八丁池口までバスで行き、秋の探索に出た。晴天で雲もほとんどなく、絶好の登山日和。辺りには、キラキラと輝く黄色いブナの葉が、空を仰ぎ、誇らしげに立っている。事、写真を撮るとなると、光の強さは、コントラストが強くなってしまい頭を悩ませる。写真家という立場上、「ハイ撮れました」では放棄したようなものだと常に思っているが、こんな時こそ、自然に委ねて出会いを楽しみ、撮影は二の次にしている。相変わらず木々は、秋色に着飾り、秋の盛りを楽しんでいた。そんな中、歩いていると茶色い何かが目の前に飛び込んで来た。何だろう?と目を凝らすと、ブナの種を落とした後の抜け殻だ!この瞬間、ブナの命を繋いだ殻に、私は心を奪われてしまった。どうしても主役にしたいと、山肌を登り見上げてみると、そこにはキラキラと輝く殻が、命の花火を咲かせ、空を舞っていた。まさに役目を終えた抜け殻に、太陽が微笑み称えている様だった。そして撮影を終え歩き出すと、「見つけてくれてありがとう」と聞こえ、私は「ご苦労さん、またね」と返したのである。
追記)
もう何年も天城に入っていると、頭に描く出会いの理想も、どんどんと深いものになって行く。出会う者達を一番の状態で撮ってあげたくて、雨だろうが夜だろうが森に入っていた。今、その軌跡を見返してみると、おそらく全体の9割に霧や雨などの条件が絡んでいる。もう、肌感で会いたい条件は読めるのだが、心を撃ち抜かれる光景に会うのは気を抜いた偶然の一瞬なのだ。この年、敢えて、晴れた天城や昼の天城などに再び手を出すようになったのだが、あまりにも通常の天城から離れすぎて、不安になったからかもしれない。今でも、必要な時は、天候を読み切って山に入るが、できるだけ考えずに入るようにしている。しかし、よくこれだけ天城の森は、私にいろんな想いを見せてくれたものだ。
(2020年8月下旬 天城写真集「深淵の森」発売予定)
掲載写真 題名:「命の花火」
撮影地:コマドリ歩道
カメラ:Canon EOS5Dmark4 EF70-200mmF2.8 IS Ⅱ
撮影データ:焦点距離130mm F2.8 SS 1/8000sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2017年11月1日AM11:57
伊豆新聞連載 2018年10月27日