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吉野家が好きだから

福岡市内の街をMazdaのCX-8に乗って移動する。2022年くらいに購入したお気に入りの車だ。色はポリメタルグレーメタリック。

聞き慣れない色の名前だ。この色はとても不思議な色で、晴天時はグレーに見えて、曇天時には限りなく黒に近い色に見える。明かりの当たり方によってその表情を変える点が、僕がこの色を気に入っている理由だ。特にMazda車の艶かしいボディラインにとても映える。周りの景色がボディに映り込み、とても美しい。

今日は、少し前の昔の話を書こうと思う。とはいえ、なんでもない内容だ。

10代の頃、東京で一人暮らしをしていた時代。バイト代が入ったら、吉野家の牛丼を食べていた。必ず玉子をつける。当時の僕の収入を前提にすると、少し贅沢な食事だ。「ご褒美牛丼」と心の中で呼んでいた。

そんな経験もあり、吉野家の牛丼が好きで、今でもよく食べている。しかも、あの頃と変わらず必ず玉子をつけるし、さらにサラダと豚汁もオーダーする。25年あまり経ち、僕も偉くなったもんだ。

朝食、昼食、夕食と、すべての食事に対応している万能な吉野家。僕がよく利用するのは夕食だ。たまに「締めの吉野家」と称して、飲み会の終わりに入店することもある。

まだ冬の寒さが残る2024年2月。その日もCX-8に乗り、遅い夕食のために吉野家に向かった。

ぐるりとコの字になったカウンターには、片手で数えることができるくらいの客しかおらず、「まあ、この時間に夕食を摂る人も少ないよなあ」と思いながら、コの字の隅の方を選んで着座する。

世の中に対して控え目な行動を取りたい「隅好き」にとって、一番隅に着座してしまうことは、それはそれで目立った行動になる。だから、このとき僕は一番隅の席を選ばない。隅から二番目を選ぶ。隅から二番目を選ぶのが正しい隅好きだと考えている。

そして、店員に声をかけ、牛丼とサラダセットをオーダーする。追加料金を払い、サラダセットの味噌汁を豚汁に変えてもらう。さらに、「肉だく」も注文し、より豪華な牛丼にしていく。

もう大人になったのだ。問題ない。

10代の頃からいつも玉子をオーダーしているのに、いまだに、玉子を忘れてしまうことがある。この日も、すぐに玉子をオーダーしていないことに気づく。オーダーをとって一仕事終わった店員の背中に向かって、申し訳なさそうに声をかける。

「あ、すみません、玉子もお願いします」

注文が済み、iPhoneで𝕏を見ていると、すぐに牛丼が届く。箸箱に手を伸ばし、いよいよ本番開始だ。玉子に少しだけ醤油を垂らし、かき混ぜながら気分を高めていく。

まず、先ほど溶いた玉子を、肉をかき分けて飯にダイレクトに注ぎ込む。肉が混ざらないように気をつけながらも、強めに玉子と飯を混ぜあわせ、再度、肉を元の位置に戻して七味をかける。

見た目だけだと、まさか玉子がかかっているとは思えない。そして、肉で飯を完全に塞ぎきれなかった部分を隠すようにして、別皿に盛ってある「肉だく」を乗せ、さらに紅生姜を置き、仕上げる。

牛丼は、こうして手を加えることにより、唯一無二の自分の牛丼になり、料理として完成を迎える。

吉野家は、2016年からクッキング&コンフォートと呼ばれるセルフ式店舗形態へとリニューアルが進んでいる。おそらく、客単価の向上と人件費の削減に重きを置いた戦略。そのペースはとても早く、僕の住む街の吉野家も程なくリニューアルされていった。

七味、紅生姜などの薬味は、客席にはなく一箇所にまとめて置かれている。かつてのように、自席で調理しにくくなっており、「自分の牛丼」が食べづらい状況になっている。一部では客離れを懸念する声もあがっているようだ。

駐車場に停めたCX-8に、黒い看板が映り込む。


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