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沖縄離島・珊瑚礁の音が私の人生を変えた 〜極限状態で出会った、一生の研究テーマ〜
私たち誰もが、人生の中で経済的な困難に直面する時期があるものです。特に学生時代は、その最たるものかもしれません。今回は、私の研究者としての原点となった、あの「無一文の日々」についてお話ししたいと思います。思い返せば、その困難な時期こそが、現在の私を形作る最も大切な転換点となったのです。そして、その経験は今でも私の研究活動や教育実践に深い影響を与え続けています。
複数の大学を渡り歩いた若き日々
私は現在、大学教員としての生活を送っていますが、学生時代は決して平坦な道のりではありませんでした。実に3つの大学を転々とし、親からの仕送りに頼る生活でした。それでも研究への情熱は止められず、フィールドワークや機材の購入、専門書の収集など、必要な出費は際限なく広がっていきました。音響機器や録音装置は決して安価なものではありません。当時はデジタル技術も発展途上で、良質な録音を行うためには相応の機材投資が必要でした。
情熱と現実の狭間で
研究者を志す者として、理想と現実の狭間で苦悩する日々が続きました。音響研究には機材が必要不可欠ですが、新しい録音機材を購入することは容易ではありませんでした。それでも、「音」という目に見えない現象を追究したいという情熱が、私を前へと突き動かしていました。今思えば、その時期の制約がかえって創造的な解決策を見出すきっかけとなったのかもしれません。限られた機材で最大限の成果を上げるために工夫を重ね、それが後の研究手法の確立にも活かされることになったのです。
運命を変えた沖縄でのフィールドワーク
1997年頃、私は京都市立芸術大学在籍中に、沖縄の鳩間島(八重山諸島・竹富町)での3ヶ月に及ぶフィールドワークを計画しました。サウンドスケープ(音風景)の研究という、当時としては先進的な研究テーマに取り組んでいました。渡航費用だけでも10万円以上、滞在費を含めると途方もない金額が必要でした。島での調査計画を立てれば立てるほど、現実的な壁に直面しました。宿泊費、食費、現地での移動費、そして何より大切な録音機材の確保が必要でした。
思いがけない転機
その時、一筋の光明が差し込みます。ヤンマー学生論文コンテストを見つけたのです。最優秀賞100万円、優秀賞50万円という破格の賞金額。それまでに取り組んでいた稲作地域でのサウンドスケープ調査と、地域活性化のためのCD制作プロジェクトをまとめた論文を提出したのです。論文執筆には想像以上の時間と労力を要しました。自分の研究成果を体系的にまとめる作業は、思いのほか充実感がありました。地域の音風景を記録し、それを作品として残すことの意義について、改めて深く考える機会となったのです。
人生を変えた50万円の奇跡
「地域を音でつなげば〜地域まるごとコンサートホール作戦」というタイトルの論文は、予想を遥かに超えて優秀賞を受賞しました。1996年12月、東京での表彰式で50万円の賞金を手にした瞬間の興奮は今でも鮮明に覚えています。この予期せぬ資金援助により、鳩間島でのフィールドワークが現実のものとなったのです。
受賞は単なる金銭的な支援以上の意味がありました。自分の研究の方向性に対する確信が得られたのです。音風景の研究という、当時としては珍しいアプローチが、社会的にも認められたという事実は、大きな自信となりました。
鳩間島での調査生活
念願の鳩間島でのフィールドワークは、想像以上に充実したものとなりました。島の人々との出会い、日々変化する自然の音、そして何より、私の人生を決定的に変えることになる珊瑚礁の音との出会い。
島での生活は質素なものでしたが、その分、音に対する感性は研ぎ澄まされていきました。朝早くから夜遅くまで、島のさまざまな場所で録音を行い、音の変化を記録し続けました。限られた予算の中での調査でしたが、それゆえに一つ一つの音をより大切に記録する姿勢が身についたように思います。
珊瑚礁の響きが導いた研究者への道
鳩間島での調査で、私の人生を決定的に変えた出会いがありました。それは珊瑚礁から聞こえる神秘的な音でした。遠くでうねるような低音は、私の魂を深々と捉えて離さない、言葉では表現できない没入感をもたらしました。この体験が、その後の博士課程進学を決意させ、現在に至る音響研究の道を選ばせたのです。
波の動きと珊瑚礁の地形が織りなす自然の音楽は、それまで経験したことのない豊かな音響体験でした。その音を聴いた瞬間、音響研究に人生を捧げようと心に決めたのを覚えています。
経験を教育現場へ
現在、私は大学教員として、学生たちに音響研究の面白さを伝える立場にいます。さまざまな苦労を経験したからこそ、学生たちの置かれている状況にも深い理解を示すことができます。研究にかかる費用の問題、機材選択の悩み、調査地での生活費の工面など、かつての自分が直面した課題について、具体的なアドバイスができるのも、あの経験があってこそです。
また、研究費の申請方法や、外部資金の獲得方法についても、自らの経験を基に指導することができます。困難な状況でも、創意工夫次第で道は開けるという確信を、学生たちに伝えられることは教育者冥利に尽きます。
若い研究者たちへのメッセージ
振り返れば、経済的な困難があったからこそ、チャレンジする勇気が生まれ、思いがけない機会をつかむことができたのだと思います。現在、私が学生たちに音の世界の素晴らしさを伝えられているのも、あの学生生活の日々があってこそなのです。
若い研究者や学生の皆さんへ伝えたいのは、経済的な困難は確かに辛いものですが、それを乗り越えるための努力や創意工夫が、かけがえのない経験となり、将来の糧となるということです。私の場合は50万円の賞金でしたが、皆さんにも努力が報われる瞬間が訪れるかもしれません。
研究者としての今とこれから
若き日の投資は、25年以上経った今でも、私の人生に豊かな実りをもたらし続けています。鳩間島の珊瑚礁の音は、今でも私の心の中で鳴り響いているのです。時には研究室で学生たちに、その時の録音を聴かせることもあります。その度に、彼らの目が輝きを増すのを見るのは、何よりの喜びです。
研究活動での困難は確かに障壁となりますが、それを創造的に乗り越えることで、より深い研究の視座が得られることもあります。私の経験が、同じような状況に置かれている若い研究者たちの励みになれば幸いです。そして、音の研究を志す人々が、自由に研究できる環境が整っていくことを願ってやみません。
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