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ピアニストが演奏前に行う静かな儀式

音楽の世界には、表舞台では見えない数々の秘密があります。特に、演奏家たちが本番前に行う儀式的な準備は、その人の個性や哲学を如実に表すものです。今回は、私が長年培ってきたピアノ演奏前のルーティーンについてお話しします。これは単なる技術的な準備ではなく、心と体、そして空間との対話なのです。


ピアノとの対話:空間へのリスペクト

ピアノ演奏の醍醐味は、その場所、その瞬間にしか生まれない音楽を創り出すことにあります。そのためには、演奏する場所や楽器に対する深い理解と敬意が不可欠です。私が演奏前に必ず行うのは、まず会場に到着したら、ピアノの蓋を開け、鍵盤を覆うフェルトの布を丁寧に取り除くことです。この動作は単なる準備ではありません。ピアノとの対話の始まりであり、その場所との関係性を築く大切な儀式なのです。蓋を開け、フェルトを取り除く瞬間、私はその場所で音楽を奏でることへの感謝の気持ちを込めて、静かに手を合わせます。「本当にありがとうございます。弾かせていただいて、ご縁いただいてます。」この短い祈りは、演奏への心構えを整える上で欠かせないものとなっています。

空間との対話:音の響きを感じる

次に行うのは、空間との対話です。手を叩いて音を出し、その反響を聴くのです。これは単なる音響チェックではありません。空間の特性を肌で感じ、その場所にふさわしい音楽を探る重要な過程なのです。手を叩いた音の跳ね返りを聴くことで、その空間がどのような音の響きを持っているのかを察知します。この作業を通じて、今日はどのような音を奏でるべきか、どのような曲が空間に馴染むのかを直感的に掴んでいきます。空間の特性を理解することで、演奏の方向性が定まり、より深い音楽表現が可能になるのです。

ピアノとの対話:心を開く

いよいよピアノに触れる時が来ます。しかし、ここでも注意が必要です。ピアノは生き物のように繊細で、弾き手の心を敏感に感じ取ります。適当に触れただけでは、ピアノは心を開いてくれません。まるで人間関係のように、丁寧に、誠実に接することが大切なのです。私はピアノに向かって、心の中でこう語りかけます。「この音を弾いてもよろしいですか?」と。この問いかけを繰り返すうちに、ピアノが少しずつ応答してくれるのを感じます。この対話の過程なしには、本当の意味でピアノを弾くことはできないのです。

準備が演奏を決める

これらの準備過程は、通常、本番の1時間前には終えるようにしています。その後は、静かに観客を待ちます。この準備の時間こそが、演奏の質を決定づけるのです。技術的な練習はもちろん大切ですが、空間や楽器との対話を通じて心を整えることが、真の演奏の準備なのです。ピアニストにとって、「Be(存在する)」ことの重要性は計り知れません。単に「Do(演奏する)」だけでなく、その場に存在し、空間や楽器と一体となることで、初めて心に響く演奏が生まれるのです。この準備のプロセスは、音楽に限らず、人生のあらゆる場面に応用できるのではないでしょうか。何かに取り組む前に、その環境や道具との対話を心がけること。感謝の気持ちを忘れずに、丁寧に準備すること。これらは、より豊かな経験と成果をもたらすはずです。

音楽は、演奏者と聴衆、そして空間が一体となって初めて完成します。私たちピアニストの役割は、その架け橋となることなのです。次に音楽会に足を運ばれる際は、演奏者がどのような準備をして舞台に立っているのか、想像してみてはいかがでしょうか。きっと、音楽の新たな側面が見えてくるはずです。

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