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発信しながら記憶を思い出す。記憶は出力の刺激と関係している?

2つの出力と5つの入力

 私たちは二つの出力を持ち合わせている。一つは話すこと、もう一つは筋肉を動かすことである。話すという出力はこうして書いていることでもある。今は思ったことを口にする代わりに手を動かし、パソコンにタイプしている。と言うことで二つの出力を同時進行している。
 入力は五感のことで、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚である。プラスアルファに私たち人間にしかない記憶力もある。会話なら聴覚という入力になにかしらの記憶が瞬間に介入し頭で整理し、出力として声を出す。スポーツならあらゆる視覚、聴覚、触覚とやはり記憶が調合されて出力としてパフォーマンスを行う。言うまでもなくどの出力も気持ちや情緒に影響を受けることは普通にある。

記憶の種類

 私たちの記憶は4つに分類することができ、まず一つはワーキングメモリーである。これは話しているときも、こうしてタイプ打ちをしているときも使われていて、ワーキングメモリーなしに話はつじつまが合わなくなる。一般に数字で言うならプラスマイナス7つの数で説明しているが、実生活では会話にワーキングメモリーが使われている。
 記憶には3つの異なる長期記憶に分けることができ、手順、意味、エピソードである。手順(英語だとProcedural memory)とは、靴ひもを結ぶ、ネクタイをする、何年も乗っていない自転車の乗り方を覚えているなど、説明はできないが仕方やり方を覚えている記憶のことである。意味(英語だとsemantic memory)は、常識、専門知識のことである。エピソード(episodic memory)は子どものころの楽しかったこと、ひょっとしたらトラウマのこと、大人になれば残念ながら嫌なことしか残らないが、ともかくエピソードである。

アメリカで大学教員

 2012年8月から22年12月までアメリカ・カリフォルニア州のサンノゼ州立大学で大学教員をしていました。最初の8年間は大学院の授業を担当していました。担当する学生は「全米公認アスレティックトレーナー」の資格試験に合格した院生で、担当していた授業すべては修士課程の授業でした。学部の専門教育以上にアドバンスなことを展開していたつもりです。私も臨床現場に近い研究を行い、特に投球障害肩とその予防トレーニングについてサンノゼ州立大学野球選手の協力を得て行っていました。

担当プログラムがなくなる出来事

 ところがかなりの動揺と言うか、この先大丈夫かなと思うことがありました。勤め始めて3年目、2015年に全米アスレティックトレーナーズ協会(National Athletic Trainers' Association)がアスレティックトレーナーの資格教育を学部教育から大学院修士課程へ移行することを発表しました。このため所属していた学科は、2018年に担当していた修士課程での募集を停止することを決定し、2年プログラムなので2020年をもってしてその大学院資格後教育はなくなりました。州立大学としてアスレティックトレーニング「資格教育」を修士課程で行うなら、同じようなプログラム名の「資格後教育」は続けることができないとの決定でした。毎年12名から多い時には17名も入学してくれていたアスレティックトレーニング修士課程でしたが、なくなったことは残念でした。
 さかのぼれば、2012年渡米する前にアスレティックトレーニング教育課程が大学院に移行することを知っていたなら、大学院資格後教育がそれによってなくなることを知っていたらそれでも渡米していたかと聞かれれば、それでも渡米はしていた。2日間におよぶ面接試験に合格したその時の驚き、一方でその時勤めていた大学をやめることへのリスク、しかし恐れ以上に宿命的な思いがあった。今振り返ればアメリカで勤めた10年半はとんでもない経験をさせてくれたと思う。たくさんのことを学ぶことができたと思う。

学部教育に異動

 2020年までの8年間、院生のためのアスレティックトレーニング教育の準備、研究活動に奮闘していた。その甲斐あってか、2021年に日本からセミナーの依頼があり、計5時間にわたる投球障害肘、肩予防トレーニングを話すことができた。セミナーの準備は問題なく、それなりにまとめることができたと自負する。

長期記憶の混乱

 2021年以降はまったく今までとは違う学部教育を担当することになった。上級生に運動学習(Motor Learning)を教えることになった。もともと学位(PhD)取得まで運動制御(Motor Control)を研究していたので授業の準備は苦ではなかった。新鮮味があり、授業も中講義の大きさであって張り切った。また20人単位のラボ「実験実習」があり、ホームワーク(宿題)は学生との間にチャレンジもあった。研究室のオフィスアワーにも学生がよく来てくれた。完全に頭の中は今までとは異なる使い方になった。
 結果、2年半アスレティックトレーニング教育を離れ、データ収集も2021年を最後に行っただけで、投球障害肩予防トレーニングについて頭を使わなかくなっていた。しかしたとえ学部教育で忙しくなったとしてもあれだけ奮闘した経験と知識はそう簡単に忘れるわけがないと思っていた。しかし本帰国した後、いざアスレティックトレーニングを実践しようと思っても頭の中が整理されていないことに驚いた。まるで日本とアメリカで車を運転するかのような混乱であった。

ブログを書くこと

 帰国して2か月が経ちだいぶん整理できた。それもブログを通じてアメリカで行った研究活動を紹介し、ポッドキャストで話し、そしてこのNoteで書くようになってのことである。長期記憶の中で最も忘れやすいのが「意味」に関する記憶である。「エピソード」は本当の意味で長期記憶で、「手順」はいわゆる手が鈍るなど熟練者と言えども作業をしていなければ失敗するかもしれないが忘れない。
 今、新しい入力は乏しいが、発信という出力で記憶を呼び起こそうとしている。たかが2年半のことかもしれないが、専門知識は使わなければあっという間に退化することを実感した。昔本屋で「中枢は抹消の奴隷」と言う本があった。今思うに「記憶は出力の奴隷」だと言うことである。付け加えて記憶を想起するのもワーキングメモリーなしにできないことである。以上です。ご一読していただきありがとうございました。

 最初に付けて副タイトルに「記憶は出力の奴隷」であったが、インターナショナルスクールで教師をしている妻に「奴隷」という言葉は良くないと指摘され、副タイトルを「記憶は出力の刺激と関係している」に変更しました。

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