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シリーズ4「MLB投手と投球肘・尺側側副靭帯損傷の保存治療」

2010年代は、尺側側副靭帯(UCL)損傷のエビデンスに42%83%がありました。保存治療とUCL再建術を受けた選手の復帰率の比較です。執刀医も受傷選手にエビデンスとして説明していました。保存治療のエビデンス(42%)は、プロ投手(3名)以外にも大学生(23名)、高校生(5名)の投手、内野手、投てき選手さらに女子選手が含まれ、特定されないオーバーヘッド選手としてのエビデンスでした。一方UCL再建術のエビデンス(83%)は、James R. Andrew医師の執刀件数(1251名)からのエビデンスでした。

保存治療のエビデンスがない2010年代は、UCL再建術(トミー・ジョン術)の「エピデミック」(伝染病)とまで言われ、エビデンスはもっぱらトミー・ジョン術関連が発表されました(シリーズ1~3参照)。


保存治療のエビデンス

ところが2016年にUCL損傷したプロ投手の保存治療復帰率に100%あるいは94%のエビデンスが発表されました。エビデンスは、4つの重症度:I度、IIA、IIB、III度に分類され、UCL再建術の必要性を含め保存治療の有効性が詳細に考察されていました。2001年に発表された保存治療による復帰率42%から実に15年後の発表だったため、新鮮みに加え、驚きも感じました。

線維損傷がない、治癒した線維なら

しかし患者の重症度I度とは、線維損傷がないことで、浮腫の有無程度でした。重症度IIBは、慢性治癒した靭帯(chronic healed ligament)つまり線維が損傷した痕のことでした。重症度IIAも損傷の大きさや箇所が特定されていませんでした。あたかも「トミー・ジョン術のエピデミック」に警鐘を鳴らすかのような発表に思えました。

さらに、保存治療で復帰したプロ投手(17名)の平均10年間の追跡調査も追って発表し、保存治療の投手誰一人UCL再建術を受けなかったことが報告されました。このフォローアップの報告は、引用件数21(Google Scholar)でもわかる通り、警鐘が鳴り響いたとは言えませんでした。言い換えれば、二つのエビデンスからプロ投手の投球肘UCL損傷の保存治療は、靭帯の損傷がない、あるいは慢性治癒した靭帯なら有効であることだと思います。

MRIの感度

投球肘・UCL損傷の診断は、最終的には画像によるMRIが不可欠になりますが、画像診断としてのMRIの感度は57%と言われています。感度とは、正しく陽性である診断のことで、UCLが損傷していることです。たとえば、プロ投手48%(10/21)は、3T-MRI画像で部分断裂が見られましたが、無症状です。画像だけでは正しくUCLの診断ができないと言うことです。

UCL損傷の診断は、既往歴、症状、球速の低下、配球、投球中の痛み、Milking ManuverあるいはMoving Manuverなどのストレステスト身体バランスなどの情報から行われます。レントゲンによる関節裂隙の開大(関節のすき間)テストは有効ではありません。また尺骨神経障害で小指側に無感覚、しびれがあったとしても球速は落ちないが、尺側側副靭帯が損傷すると球速は落ちます。

多血小板血漿(Platelet-rich plasma: PRP)

2010年代に多血小板血漿(Platelet-rich plasma: PRP)注射とUCL損傷治療の有効性が話題になりました。2014年、田中将大選手がNYヤンキースに移籍し、シーズン最初の91日間で17試合に先発登板しました。1790球(1試合平均105球)を投げ、12勝3敗、防御率2.27、WHIP(イニング被出塁率)0.97で抜群の活躍を見せていました。しかし7月8日の登板でUCLを損傷させました。

The New York Timesによると損傷はわずか("a small tear")で、NYヤンキースチーム医師Chris Ahmad、NYメッツ医師David Altchek、さらに大谷翔平選手の執刀医でもあるLAドジャース医師Neal ElAttracheらMLBトップ医師の合意した見解は、6週間の保存治療とPRP治療でした。UCL損傷してから75日後に再登板し、2014年シーズンを14勝5敗で終えました。

PRP治療と損傷箇所

PRP治療の有効性と損傷箇所について、過去のnoteに記載しました。保存治療を選択したプロ投手(32名)のPRP治療では、UCL遠位部を損傷した投手82%(9/11名)は症状が残り、慢性変性させ、最終的にUCL再建術を受けました。一方で、近位部を損傷した投手81%(17/21名)は症状を改善させ、受傷前レベルまで復帰を果たしました。慢性変性とは、MRIで瘢痕組織、カルシウム沈着、出血痕のため低シグナルになり、靭帯線状パターンが喪失し、分厚くなった線維組織のことです。

MLB投手の場合、UCL損傷で保存治療を選択すると60日の受傷者リスト(Injury list)に入ります。PRPを選択するとリハビリ過程の投球プログラム開始が2週間遅れます。結果的にPRPによる復帰率も低く、UCL再建術を受ける確率も高まることになりますマイナーリーグ(MiLB)投手は、PRP治療でUCL再建術を遅らせることはありません

UCL再建術後から元のレベルに復帰するまであくまでも平均ですが、17.4ヵ月かかります。選手、エージェント、執刀医らが投手のキャリアを考慮に入れベストな治療が決定されますが、前回までのシリーズでも話しました通りアメリカのプロ投手の場合、トミー・ジョン術の選択が主流になります。

遠位損傷の保存治療

重症度3度のUCL遠位部の損傷は、近位部の損傷に比べ12.4倍保存治療が難しいことがわかりました。UCL遠位部は、尺骨鉤状結節(sublime tubercle)と呼ばれるところに付着しています。そこは浅指屈筋腱も付着しています。ボールリリースする際に指先に力を入れると浅指屈筋の張りでUCL遠位部を刺激するかもしれませんが、ボールリリース時にUCLが損傷することはありません。これについても過去のnoteに記載しましたので一読いただければ光栄です。

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