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ジェンダーギャップ問題(BRUTUS編集部への要望書の件)

コーヒー業界としても古くから存在する表題の問題に、先日、問題提起がなされました。

2024年9月2日付発売のBRUTUS No.1015に、この十余年にわたってスペシャルティコーヒーシーンをリードしてきた業界の有名人が“キーパーソン”と銘打たれて紹介されているのですが、この人たちが全員男性だったというのが話の起点になっています(この段落ではぼくが乱暴に省略して書いていますから、この件について考えたい方は要望書のdraftにて必ず正確な趣旨をご確認ください)。仕方のない面が多いものの、ここで声をあげなければジェンダーギャップが存在する現状がさらに固定化されてしまう、ということに強い危惧を抱いた3名のコーヒー屋さんが

(引用)『このような状況にあってもコーヒーの世界ではすでに多くの女性やノンバイナリーの人々が活躍しています。その中には業界の”キーパーソン”も多くいます。どうか今後は幅広い視野で業界を見渡し、そうした人々も取り上げる努力をしていただければ嬉しく思います。』

このような要望をBRUTUS編集部に書面で提出しようと賛同者を募っているところです。ぼくも、はしくれながら賛同者としてエントリーしました。

ぼくとしては、正直にいってこの特集を読んでそこに違和感を覚えませんでした(編集企画の切り口が古臭いなあ・・・と思っただけでした)。この要望書への賛同を募るSNS投稿に接して初めて思いをいたしたところです。ぼくは、偏見による差別や虐遇のない世界で生きたいと思っていることと、無知や無関心が問題を再生産し、その構造を気づきにくいかたちで強固なものにしてしまうことは知っているつもりなので、これに鑑み、賛同することにしました。

実績を積み重ねてきた“キーパーソン”が偶然男性のみで、偶然男性がそろっただけ。これを多くの人が読む雑誌メディアの編集者がいいわけにするのはもはや時代遅れですし、これをあえていいわけにするのなら新しい時代に合わせていこうという意志がみえません。違和感を覚えなかった人ほど、なぜ「偶然(あるいは結果的に)」男性が実績を積み重ねて、なぜこの企画で「偶然(あるいは結果的に)」男性がそろったのかを考えなくてはいけないと思います。

もちろん、こちらの男性たちが積み重ねた実績は偉大なものですし、そのあとからコーヒー店を始めたぼくは、その実績によって整えられた土壌の上で商売させていただいている感覚と感謝の念をもっています。そして、その偉大な実績と今回の要望書の趣旨は次元を異にするものです。まったく別のお話です。

要望書の「呼びかけ人」のうちのお一人、中村佳太さんがコーヒーカルチャー雑誌Standart Japan(vol.18、2021年11月号)にジェンダーギャップ問題について寄稿しています。無断ですが、商用目的ではありませんので引用させていただきます。

(引用)『僕はパートナーの女性とふたりでコーヒー焙煎所を共同運営している。次の場面はパートナーが実際に店舗で経験した「女性差別」の例だ。
「『夫の店を手伝っている妻』だと勝手に思われる」
「ふたりで応対しても自分には名刺が渡されない」
「店の電話に出ると『店主に変わってください』と言われる」』

いつの時代の話? と仰天しますが、この寄稿は2021年のものです。ほかにも、同時期にカフェで働き始めた男性はバリスタ業務を任されているのに、同じ経験のある女性はレジやホールを任されているといった事例など枚挙にいとまがありません。この寄稿にご興味があれば当店で読んでいただけますので、ぜひ。

要望書の「呼びかけ人」のうちのお一人、田村麻里子さんもSNSに投稿なさっています。

(引用)『わたしも焙煎をしている、経営をしている、というと「ご主人にお店やらせてもらってるの?」「旦那さんに焙煎機買ってもらったの?」なと差別的な発言を何度も受けています。こう言った発言で心を折られて新しい挑戦を諦めてしまう人がいるような業界であって欲しくないです。そのためコーヒー屋の経営者、焙煎師は男性だという広いイメージを払拭するためにはメディアがジェンダーバランスに配慮して発信していくことはとても重要だと思っています。』

繰り返しますが、なぜ「偶然(あるいは結果的に)」男性が実績を積み重ねて、なぜBRUTUSのこの企画で「偶然(あるいは結果的に)」男性がそろったのかを考えなくてはいけないと思います。

ぼくがこのことを考えているなかで、この件についてのSNS投稿をいくつかみました。
・「違和感あるなら取り上げてほしい女性を挙げるべき。」
・「ジェンダーギャップによる不遇ではなく自分の実力不足では?」
・「女性が紹介されていないのが残念、と声をあげた方がいました。」

要望書の「呼びかけ人」のうちのお一人、田村麻里子さんがSNSに投稿されている

(引用)『メディアがジェンダーバランスに配慮しないことでコーヒーは「男の仕事だという」イメージが今以上に固定化されることを危惧しています。』

というのが本旨で、そのように表明されているのですが、男性以外が取り上げられていないことへの不満を表明したと誤解している向きが多く目につきました。そして、これが誤解なら良いのですが、この問題への無関心によって論点がほかへ行ってしまうのだとしたら、まさしく問題が浮き彫りになっているように感じました。ですから気がついている人が声をあげることが大切。ぼくのようにそれで気がつく人もいます。

「性別なんて気にしたことないし!」「女性が弱いって勝手に代弁すんな!」と反発する女性オーナーバリスタの「要望書は迷惑だ!」という投稿もいくつかみました。そう。気にせずにいられるのならそこは良い環境なのだと思います。気になることもあるけど気にしないようにしてコーヒーに打ち込み、コーヒーで勝負を続けている女性もいると思います。ですが問題は、この問題に声をあげたいのに、声をあげにくい人がいるということです。問題に声をあげる道を行くのも選択肢の一つだと思います。

それと、この要望書に反発する方々の思いを複雑にしているのが「BRUTUS好きなのになにケチつけてるんだ」という心情。でも、メディアは世の中の「雰囲気」をつくります。目の前で嫌がらせがあったなら目の前で解決に向けてアクションするのが相当だと思いますが、嫌がらせをする「雰囲気」をつくることができるのがメディアです。一人ひとりが読んで、心の中でふむふむと思い、考え方を醸成しますから、影響力のあるメディアであるBRUTUS編集部に対して配慮をしてほしい旨の要望を出すことはとても意味のあることです。

この問題の解決を困難にしている理由は、嫌な思いにさせる人が問題に気がつきにくく、嫌な思いをさせられる人が声をあげにくい点が大きいと思います。ですので無知や無関心によって問題が繰り返され、問題が再生産されていく構造が強固になります。そして、メディアが発信する情報は無知や無関心を気がつきにくいかたちで助長することがありますので、ぼくはこの要望書に賛同することにしました。

思えば、要望書についてのSNS投稿をみていて、ジェンダーギャップ問題の本体を論じる意見には驚くほど出会いません。目にするのは、論点がズレていたり、私はそれを感じたことがないからアクションの必要はないという話だったり。これこそ問題に無関心の人が多い証左ではないのかなと感じます。

SNSでそのような投稿ばかりがリプライ拡散されていることもあると思いますし、ぼくがそのような投稿ばかり選んでみているせいでSNS自体が類似投稿をおすすめ表示してきていてエコーチェンバー(修正→)フィルターバブル状態になっている可能性もありますが、そうならば多くの人もぼくと同じようにこの状態になっているわけで、多くの人も論点のズレた意見を多く目にしていることになります。メディアと同様にSNSも、世の中にそういう「雰囲気」をつくります。

そこも含めて困難な環境が強固ですから、世の中で軽んじられがちな困難と対峙する人たちを応援したい気持ちになりますし、ぼくもその困難に気がつくことができるよう、日常生活のなかで「はて?」と疑問をもてるよう、少しずつでもそうした視点で物事を見つめていこうと思います。

まずは、できれば知る努力を。
想像力をもって、自分が知らなかった世界を知る努力を。
理解できない、共感できない、賛成できないとしても、
知ることが壁、隔たり、そして偏見を溶かしていくと思います。
それが差別や虐遇、そして争いをなくしていくと思います。

ぼくは、偏見による差別や虐遇のない世界で生きたいと、願います。

NANAIRO COFFEE BREWERS
店主 阿泉雅昭


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「BRUTUS編集部への要望書」賛同者募集フォーム(締切2024年9月30日)

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