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セラピストの9割がしらない疼痛とは何か
セラピストのための疼痛の基本とメカニズム
みなさんこんにちは!
Instagramとnoteで腰痛に関する情報を発信している理学療法士の
「斎藤将司」です。
この記事を最後まで読むことで「疼痛とは何か?」について理解し、説明できるようになります!
それでは「疼痛の基本とメカニズム」について一緒に学んでいきましょう!
1. はじめに
新人PT「先輩、いま担当している患者さんに腰痛や肩こりで悩んでいる方が多くて、痛みのメカニズムをもっとちゃんと理解したいんです。教えていただけますか?」
先輩PT「いいよ。疼痛は非常に奥が深いテーマだけど、理学療法士としては避けて通れないからね。まず大枠として、痛み(疼痛)の概念や定義が時代とともに変わってきたという話からしてみようか。」
2. 疼痛とは何か?
新人PT「お願いします。そもそも『疼痛』ってどう定義されているんですか?」
先輩PT「昔は『痛み=組織損傷』と考えられていたんだけど、今では心理的・社会的要因が大きく影響すると考えられているんだ。国際疼痛学会(IASP)が提唱する定義があるんだけど、1979年と2020年に発表された定義を比べると、その違いがわかりやすいよ。」
新人PT「1979年当時の定義と、最近の定義にどういう違いがあるんですか?」
先輩PT「1979年の定義では『実際の組織損傷や、損傷が起こりうる可能性のある状態に関連する、不快な感覚的・情動的体験』とされていて、組織のダメージが明確な場合を主に想定していた。でも、その後、線維筋痛症や慢性疼痛のように組織損傷がはっきりしない場合も痛みを感じるケースが多いことがわかってきた。」
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新人PT「そうですよね。画像に異常がないのに痛みが続いている患者さんをよく見かけます。」
先輩PT「そう。そこで2020年の改訂で『実際の組織損傷もしくは組織損傷が起こりうる状態に付随する、あるいはそれに似た、感覚かつ情動の不快な体験』という言い回しになった。ポイントは、**『組織損傷がなくても疼痛は存在しうる』**ことが明確に示されたことなんだ。」
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新人PT「じゃあ、患者さんが『痛い』と言っていたら、必ずしも組織が傷んでいるとは限らない、ということですね。」
先輩PT「そういうこと。痛みは個人的で主観的な体験だから、心理的要因や社会的要因も大きく影響しているんだよ。」
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3. 「0を1にする疼痛」と「1を10にする疼痛」
新人PT「それで、痛みには大きく分けて『身体的疼痛』と『心理社会的疼痛』があると聞いたんですが、どう違うんですか?」
先輩PT「簡単に言うと、**身体的疼痛は『0を1にする』もの、心理社会的疼痛は『1を10にする』**ものって覚えるとわかりやすいよ。」
新人PT「どういう意味ですか?」
先輩PT「身体的疼痛は、組織が損傷したり炎症が起きたりして、生理学的に痛みが生まれるから『0の状態』から痛みを発生させる。その一方、心理社会的要因は、すでにある痛み(1)をより強く拡大させる、『1を10にする』働きがあるんだ。」
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3.1 身体的疼痛:組織損傷による「0を1にする」痛み
新人PT「なるほど。身体的疼痛の具体例を教えてください。」
先輩PT「たとえば、捻挫や骨折、腰椎椎間板ヘルニアなんかが典型的だね。物理的に組織損傷があると炎症反応が起こり、侵害受容器を通じて脳に痛みの信号が伝わる。原因が治れば徐々に痛みも軽減していくのが特徴。」
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新人PT「急性疼痛は大体そちらの分類に入りますよね?」
先輩PT「うん。急性疼痛は炎症による痛みだから、組織が回復すれば痛みは引いていくことが多い。でも中には慢性化しちゃう場合もある。そこには、あとで話す心理社会的な要因が関わってくるんだ。」
3.2 心理社会的疼痛:すでにある痛みを「1を10にする」
新人PT「確かに、痛みが慢性化している患者さんって、検査では大きな異常が見つからないのに、ずっと痛いって訴えることが多いですよね。」
先輩PT「そういうケースでは、**『中枢感作』**がキーワードになる。心理的ストレスや不安、恐怖回避行動なんかが加わって、脳が痛みを過剰に処理している状態なんだ。たとえば、『この痛みはもう一生治らない』と思い込んでしまうと、脳がその痛みをより強く感じやすくなる。」
新人PT「なるほど。つまり身体的な『原因』以上に、患者さんの『感じ方』が強調されるわけですね。」
先輩PT「そうそう。脳の痛み関連領域、たとえば前帯状皮質(ACC)や前頭前野(PFC)、扁桃体(Amygdala)なんかの活動が変化して、痛みが持続・増幅されるのが心理社会的疼痛の特徴なんだ。」
4. 身体的疼痛と心理社会的疼痛の関係
新人PT「身体的要因と心理社会的要因って、どちらか一方が主導する感じなんですか?」
先輩PT「痛みは両方が相互に絡み合っていることが多いよ。最初は捻挫やヘルニアみたいに身体的な原因があっても、それが慢性的になるにつれて心理社会的要因が大きく関与するケースが多いんだ。」
新人PT「ということは、患者さんを診るときは、身体的評価だけじゃ不十分で、心理的・社会的評価も必要になるんですね。」
先輩PT「そのとおり。痛みは**“生物-心理-社会モデル(Bio-Psycho-Socialモデル)”**で理解するのが大事。患者さんの生活背景、ストレス環境、過去の痛みの経験、家族関係なんかも視野に入れる必要があるね。」
5. 心理社会的疼痛の評価
新人PT「具体的には、どうやって心理社会的疼痛を評価するんでしょうか?」
先輩PT「心理社会的要素を見極めるための評価ツールがいくつかあるよ。たとえば…」
Pain Catastrophizing Scale(PCS)
患者がどの程度痛みを悲観的に考えているかを評価。
Fear-Avoidance Beliefs Questionnaire(FABQ)
運動や活動への恐怖心が痛みに与える影響を評価。
Beck Depression Inventory(BDI)
患者の抑うつ症状の有無をチェック。
Tampa Scale for Kinesiophobia(TSK)
運動に対する恐怖心を測定。
先輩PT「こういうスケールを使うと、患者さんの“不安レベル”や“恐怖回避傾向”を数値化できる。患者さんが『痛みが長引くかもしれない』『動いたらもっと悪化するんじゃ…』って思っているときは、そこにアプローチする必要があるんだ。」
6. 心理社会的疼痛へのアプローチ
新人PT「心理社会的疼痛が強い患者さんには、どんな治療アプローチが有効なんですか?」
先輩PT「代表的な方法としては、認知行動療法(CBT)やマインドフルネス療法、それから運動療法に社会的サポートの強化があるよ。要するに“バイオ・サイコ・ソーシャルアプローチ”ってことだね。」
認知行動療法(CBT)
痛みに対するネガティブな捉え方を修正し、より建設的に考えられるようにサポートする。
マインドフルネス療法(MBSR)
瞑想などを通じて、痛みをあるがままに受け止め、過剰に反応しない心の持ち方を育てる。
運動療法
身体機能を回復すると同時に、痛みに対する恐怖感を減らす。少しずつ負荷を増やすGraded Exposure(段階的運動プログラム)なんかが代表的。
社会的サポート
家族や職場の理解・協力を得ることで、心理的ストレスを軽減する。職場復帰支援プログラムを使うケースもある。
7. 臨床での会話例(声かけの工夫)
新人PT「患者さんにどう声をかけるかも難しいですよね。NGな声かけ、OKな声かけの事例ってありますか?」
先輩PT「あるある。たとえば、こんな感じかな。」
NG例:「この痛みは気のせいですよ。」
患者さんの主観的な痛みを否定してしまう表現は避ける。
OK例:「痛みが長引く原因には、ストレスや不安が関わっていることがあります。一緒に対策を考えましょう。」
患者さんの訴えを受容したうえで、心理的要因を一緒に改善する姿勢を示す。
新人PT「わかりやすいです。患者さんのつらさを軽視せずに、心理的・社会的要因も含めて『一緒にやっていきましょう』というスタンスが大事なんですね。」
先輩PT「そうだね。患者さんが痛みを話してくれたら、まずはしっかり受け止める。『そんなに不安だったんですね』とか『痛みが長く続くと不安になりますよね』と共感を示すと信頼関係が築きやすくなるよ。」
8. まとめ
新人PT「今日の学びを整理すると、こんな感じですね。」
疼痛の定義
1979年の定義は組織損傷を前提としていたが、2020年改訂で『組織損傷がなくても痛みが存在しうる』と明文化。
痛みは主観的な体験であり、心理的・社会的要因の影響を受ける。
「0を1にする疼痛」と「1を10にする疼痛」
身体的疼痛(組織損傷) → 0を1にする
心理社会的疼痛(不安・ストレス等) → 1を10にする
心理社会的疼痛のメカニズム
中枢感作、恐怖回避モデルなどが関与。
脳の痛み関連領域(ACC、PFC、扁桃体、側坐核)の活動亢進が持続すると、痛みも慢性化しやすい。
評価方法
PCS、FABQ、BDI、TSKなどを活用して、患者の心理状態や恐怖回避思考を把握する。
治療アプローチ
バイオ・サイコ・ソーシャルアプローチが重要。
認知行動療法、マインドフルネス、運動療法、社会的サポートの活用。
先輩PT「うん。その通り。慢性疼痛の患者さんは特に、身体面だけ見ていてもなかなか改善しないことが多い。心理面や社会背景まで含めて、患者さんを包括的に支援できる理学療法士を目指してほしいな。」
新人PT「はい!今日の内容をしっかり活かして、患者さんと向き合っていきます。ありがとうございます!」
先輩PT「こちらこそ。これからも一緒に勉強していこうね。」
参考文献(会話内で言及した代表的研究・文献)
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おわりに
上記の対話形式では、「0を1にする身体的要因」と「1を10にする心理社会的要因」の区別や、国際疼痛学会の定義改訂がどう臨床に活きるのかを会話の流れで自然に理解できるようにしています。新人理学療法士が抱く疑問や悩みに、先輩理学療法士がわかりやすく答える形は、実践の場面でもイメージしやすいでしょう。
ぜひ実際の臨床でも、対話のポイントや心理評価のツールを活用してみてください。患者さんの痛みを全人的に理解することで、より効果的な疼痛管理へと繋がるはずです。