論考:カスタマーインサイトの中心は「購買」から「利用」へシフトする
産業を興し、ノーベル賞をも生み出す力を持つ
カスタマーインサイトとは
カスタマーインサイト(顧客インサイト、消費者インサイト)とは何なのかと調べると、購買行動や消費活動の背景にある意識や動機、特に本人も気づいていないような潜在的な意識や心理などを指す、という説明が大半だ。
実際、過去50年以上にわたり、マーケティングの研究の中心は「購買」であり、だからこそ、その背景となる動機・心理 ―「欲しい」― にスポットライトが当たるのは当然だった。
カスタマーインサイトを得たいという企業や担当者の欲求は凄まじく、その周辺にさまざまな産業が生まれた。
マーケティングリサーチはもとより、ブランディング、広告、販売促進、ペルソナ設計、カスタマージャーニー定義などなど。これらはすべてカスタマーインサイトを得るための手段であったり、カスタマーインサイトを元にした企業活動であったり、企業がカスタマーインサイトを得るための支援活動だ。つまり、カスタマーインサイトの周辺に「カスタマーインサイト産業」が発生してきたとも言える。
行動経済学が過去15年で3つもノーベル賞を受賞したのも、昨今の ●X (ほにゃららエックス/XXX Experience) の流行も、デザイン〇〇の話も、ディープラーニングやAIの話も、すべて「購買」にまつわるカスタマーインサイトを得るための話だと考えられる。
行動経済学は、人間の行動がいかに非論理的であり、バイアスによって歪められるかを説明している。つまり、考えていることとやっていることは全然違う、と明らかにした。であれば、顧客に「考え」を聞いても意味がなく、「行動」を見ないといけない。
行動経済学のおススメ書籍
その1:予想どおりに不合理 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」ダン アリエリー
その2:ファスト&スロー ダニエル カーネマン
その3:行動経済学の逆襲 リチャード セイラー
番外編(とっつきやすさ1位):行動経済学まんが ヘンテコノミクス
逆に、適切に行動してもらうためには、そう促すようにデザインしないといけない。そして、その行動が次の行動を生むように、首尾一貫した体験を設計しないといけない。
XXX Experienceや、デザイン〇〇の出番だ。
デザインしたようにお客様が行動してくれているか、データを蓄積しないといけない。行動データは膨大な量になるので、人力で分析するのではなく、深層学習で処理しないと追いつけない。
ディープラーニングやAIの出番だ。
こうして得られた「購買にまつわるカスタマーインサイト」は、自社の成長にとって極めて強力な武器になる。だからこそ、各社そこに投資をするし、周辺産業が成り立つわけだ。その最たるものが消費者調査をやってくれたり、インサイトを知っていそうな広告代理店やマーケティング支援会社ということになる。
Amazonで「インサイト」と検索すると、ほとんどの書籍がこういった産業で働く人が書いたものであり、「購買にまつわるカスタマーインサイト」であることがわかると思う。
カスタマーインサイトの中心は「購買」から「利用」へ
ところが、だ。
故クレイトン・クリステンセン教授の著名なイノベーション理論で示されているように、事業者が提供する製品・サービスの性能(機能)は、時間とともに購入者が利用できる限度を越えてしまう。
出典:イノベーションへの解 利益ある成長に向けて クレイトン・クリステンセン
事業者側は製品・サービスをどんどん高機能・高性能にしていくが、購入者の利用ニーズはそこまでのペースで上がっていかない。
つまり、買ったはいいが、そこまで使い込んでいないという状況 ―「利用ギャップ(Consumption Gap)」が発生するわけだ。
さらに世の中は、単発の購買(トランザクション)モデルから、継続購買(サブスクリプション)モデル、さらには利用に応じた従量課金(コンサンプション)モデルへとシフトしている。
「所有」から「利用」へと表現されることが多いが、この現象は企業側から見ると、もっとも重要な顧客接点が「購買」から「利用」へシフトすることを意味する。
これはつまり、得るべきカスタマーインサイトは「欲しい」「買う」の動機・心理から、「試す」「利用する」「もっと活用する」の動機・心理へとシフトすることを意味している。
これにより、企業活動の重心も、顧客の購買フェーズから利用フェーズへとシフトする。つまり、これまで企業活動の中心といえば、営業活動やマーケティング活動であったが、これが、利用フェーズに対応する企業活動にシフトしていくということだ。
企業にとって、重要な顧客接点が「購買フェーズ」から「利用フェーズ」へシフトするのである。
企業活動の中心が購買フェーズから利用フェーズへという動きは、今はまだ一部の製品カテゴリーでしか発生していないが、多様な企業がサブスクリプションモデルを試行している現状を見るに、このトレンドが継続していけば、さらに顕在化していくことになるだろう。
これがカスタマーサクセスという概念が重視されるようになった大きな背景だと思う。2019年12月に開催された日本初のカスタマーサクセスカンファレンス Success4 でのダン・スタインマン氏の講演* は、まさにこのことを指摘していた。
* なお、Success4 は有料イベントのため、氏の講演内容は参加者のみへの限定公開となっているが、電通デジタル社の記事で、上記部分について少し触れられている。
https://www.dentsudigital.co.jp/topics/2020/0204-000381/
利用にまつわるカスタマーインサイトとは
「利用にまつわるカスタマーインサイト」とは、どのようなものか?
これは非常に答えにくい問いであるが、あえて言うならユースケースであろう。では、ユースケースとは何か?
これも説明が難しい。提供している製品・サービスによって、指すコトや表現方法が違うので、ここでは筆者が所属する会社が提供するサービス「LINE WORKS」を例にとって説明したい。
弊社にとって重要な「利用にまつわるカスタマーインサイト」は、ずばり「お客様によるLINE WORKS活用方法」に他ならない。筆者は、これをユースケースと呼んでいる。
具体的には、
・お客様の中のどんな社員が
・どんな業務を
・LINE WORKSのどの機能を使って
・どう活用し
・それが、どんな成果や価値をもたらしているか
単純に、XX業のXX社が使っている、という事実はユースケースではない。XX社がXX機能を使っている、という事実だけでもユースケースとは言えない。
提供するサービスが、顧客に以前存在していたどのような業務に適用されたのか、その際にどのようにサービスを活用しているのか(往々にして事業者側の想定とは異なる利用方法を顧客が発見する)、そしてそれによってどんな成果や価値が顧客にもたらされたのか、ここまで整理できてはじめてユースケースと呼べる。
「購買」から「利用」へのシフトによるインパクト1:顧客の期待値が変化
重要な顧客接点のポイントが「購買」から「利用」へシフトすることにより、顧客側にも変化が生じる。
顧客が、自分の本当の購買動機やそこに至る心理を企業に知ってほしいと願うことは、これまであり得なかった。むしろ他人には知られたくないことであり、だからこそ、その発見・発掘がインサイトと呼ばれたわけだ。
その一方で、自分の好みを把握していてほしい、過去の購買履歴に基づいてお勧めしてほしいというニーズは、テクノロジーがそれを実現するよりも、はるか以前から存在していた。行きつけの店に行って「いつもの」が出てきたら嬉しいし、馴染みの店員には「お客様がお持ちのものに合わせるとピッタリですよ」と言われたい。B2Bの世界においても、自社の稟議プロセスや決裁者の判断基準まで理解した上で提案してくる企業や営業担当者であれば『ウチのこと、ちゃんとわかってるな』という高評価が得られるものだ。
だが、そこまでの期待値をすべての企業や担当者に求めることはなかった。
利用モデルが中心の世界では、これが逆転する。
顧客は、企業側が自分の利用状況を知っていることを期待する。むしろそれを踏まえた提案・推奨をしてくるのが当然と考えるようになり、それができない企業の製品・サービスは期待値を満たさないものと認識するようになっていく。
さらには、自分の利用状況だけでなく、広範な「利用にまつわるインサイト」を持っていることを期待し、それを提供するよう要求するようになる。
これもすでに起こっていることで、例えばソフトウェアを利用する顧客は、その活用方法やノウハウを、企業が持っていることを期待している。
しかしながら、実は多くの企業はそのようなインサイトを持っていないのが現実だ。企業にとって重要な顧客接点は「購買」であり、その後の「利用」について組織的にインサイトを得たり、分析したりするような機能(企業活動)を持っているケースは稀である。
「購買」から「利用」へのシフトによるインパクト2:カスタマーインサイトを得るための企業活動が変化
そもそも組織的に活動するよう定義されていないのだから、「利用にまつわるカスタマーインサイト」を得るための活動や、そのための手法も確立されていないのが現状だ。
例えば、マーケティングリサーチという言葉が未購買者の動態調査を指してきたように、カスタマーサクセスリサーチ(仮称)という、既購買者の利用・消費についての動態調査がひとつの活動として確立しても何らおかしくはない。
購買にまつわるカスタマーインサイトと言えば、購買時の「心理」が重視された。どのように顧客の心理が動き、購買というアクションにつながるのか、が探求のポイントだった。
一方で、利用というのは長期にわたるものである。したがって、利用にまつわるカスタマーインサイトを得るためには、一時点での顧客の心理だけでなく、長期にわたる顧客の「行動」を探求していく必要がある。
これまでもマーケティング調査において、エスノグラフィー(行動観察)という手法は存在しており、顧客の利用実態を調査するためにB2C企業においても活用されることはあったが、企業側にとっても顧客側にとっても負荷が高いため、中心的手法として活用されていたとは言いがたい(逆に言えば、この手法を積極的に取り入れてきた企業は、利用にまつわるカスタマーインサイトを重視してきたということを意味している)。
しかし今後は、多くの企業が顧客の行動を観察するようになるだろう。
顧客のリアルな行動を観察するために動画撮影をおこなうことも増えていきそうだ。先日、弊社でも行動観察による顧客調査を実施したところ、極めて重要なカスタマーインサイトを得ることができた。そして、そのリアルな顧客の「行動」を動画で撮影しておいたことで、当日現場に立ち会わなければ観察できなかった顧客の「行動」を、社内で生々しく共有することができた。この威力はすさまじく、どんなに観察者が熱意をもって発表したり、PowerPointにまとめたところで、聞き手にとっては二次情報(人づてに得た情報、聞いた話)となってしまう。ところが、動画を見ることは一次情報(自分が得た情報、見た状況)に極めて近く、非常に強い説得力がある。
顧客の日常的な行動をデータで取得する、という手法も増えていくだろう。テクノロジー業界においてはすでに一般的なアプローチとなっている。ネットワーク機器の製造・販売を生業としていたシスコシステムズは、かつては典型的なハードウェア売り切り型のビジネスモデルだった。しかしながら、市場における競争の増加と、それにともなう利益率の低下などを契機に、サービスモデルへシフトした際に、自社のハードウェアから取得できる利用データを活用した。顧客の利用データをもとにプロフェッショナルサービスを提供することにより、顧客への提供価値を高めることに成功したのだ。現在、顧客の利用データをもとに企業活動を実施しているのはSaaS提供企業が中心となっているが、シスコ社のように製造業でも取り得る手法だ。IoTや5Gなどテクノロジーの進化をうまく取り入れることで、これまでは困難だった顧客の行動をデータで取得できるようになる企業も増えるだろう。
顧客に自らの利用方法を語ってもらえると、もっと効率的だ。
コミューン社による考察はそのヒントになる。
なぜコミュニティが、ユーザーインサイト獲得に効くのか? - 3つの価値 -
https://commmune.jp/blog/202001211515/
この記事では、消費財企業が顧客との接点を持つ手段としてユーザーコミュニティを活用し、それを通じてカスタマーインサイトを得ることの効果を紹介している。
ユーザーコミュニティとは、自社の製品・サービスを利用する顧客の一部(コアユーザー、ファン層)との直接的な接点であると同時に、顧客同士の交流を促す場である。なぜ顧客同士が交流をおこなうかと言えば、熱心な顧客であればあるほど、自分はこの製品・サービスをこんなに活用している、と披露したいという思いが少なからずあるからである。それと同時に、まったく違う使い方、自分が想像もしなかった活用方法があれば知りたい、という思いも持っている。このような活用欲求が高い顧客は、提供事業者が用意するコミュニティという場を活用して、事業者側からも活用例を得ようとし、また他の顧客からも活用例を得ようとするのである。異なる活用方法や知見を得ようとすれば、自らの活用方法を披露するのは自然な流れとなる。つまり、ユーザーコミュニティという場においては、顧客が自ら「利用にまつわるカスタマーインサイト」を披露してくれるのである。新たな企業活動として、ユーザーコミュニティの運営が注目され、また新たな職種としてコミュニティマネージャーが注目されるのは、こういう仕組みである。
利用にまつわるカスタマーインサイトを得るために、ビジネスモデルを定義し直すこともあり得る。
ブリヂストン社は、製品を製造・販売するだけでなく、サービスを提供することにより、顧客の利用フェーズに入り込むようになったそうだ。これによって、90年近くタイヤを製造・販売していても得られなかった「利用にまつわるカスタマーインサイト」を得ることに成功している。
参考:https://bizzine.jp/article/detail/3794
このように「利用にまつわるカスタマーインサイト」は本質的には製品・サービスの開発や、ビジネスのあり方にまでさかのぼって活かされなければならない。そうでなければ、価値あるサービスを提供できる保証がないからだ。しかし、マーケティング活動で得たカスタマーインサイトが、マーケティング部門にとどまらず製品開発部門で活用されることが極めて困難だったように、カスタマーサクセス活動で得たインサイトが製品開発に活かされるのは、普通に考えれば困難な道である。
一方で、そういった組織横断的な取り組みができた暁には、極めて強い事業体を作ることができるとも言える。古くは花王のエコーシステムがまさにこれに当たる。
カスタマーサクセスが注目される本当の理由
カスタマーサクセスとは、顧客を成功へ導くためのアクティビティであるという定義が一般的だが、筆者はそれはあくまでも狭義だと考えている。
カスタマーサクセスとは、カスタマーインサイトを取得・分析し、それに基づいて企業の主たる活動(利益創出のための活動)をけん引するような活動になっていく、と考えた方がいい。
カスタマーサクセスとマーケティングは顧客の購買時点を境に相似形であり、カスタマーサクセスは、現在のマーケティングのようになっていくと考えるとわかりやすい。
マーケティング部門が、未購買者に対して、自社製品・サービスの購入をうながす活動をしてきたように、カスタマーサクセス部門は既購買者に対して、自社製品・サービスの利用をうながす活動をする。これはすでに起こっていることだ。
先日、筆者も出演させてもらった Success4 の Recapウェビナーにおいて、シスコシステムズの小泉雅人氏は、カスタマーサクセス部門が既存顧客向けに広告を出稿し、運用していることに触れていた。Sansan 山田ひさのり氏はさまざまなメディアやセミナーにおいて、カスタマーサクセス部門が既存顧客向けにコンテンツを制作したり、マーケティング部門とは別に活動をおこなっていると述べている。カスタマーサクセス部門が、広告やコンテンツを企画・制作・出稿・運用するという世界はすでに起こっているのだ。
参考:https://bizzine.jp/article/detail/3466?p=3
このような既存顧客向けの活動は、カスタマーサクセスと呼ばれたり、カスタマーマーケティングと呼ばれたり、まだ安定していないのが現状だが、やがて言葉も収斂していくだろう。そして、利用・消費についてのカスタマーインサイトの重要性が高まるにつれ、その周辺に新たなサービスが生まれ、提供事業者が増え、産業ができあがることになる。
カスタマーサクセスは現状、SaaS提供企業を中心として議論され、その活動が普及しつつあるが、Success4の参加者が多様であったことが象徴するように、今後はさまざまな企業が「利用・消費モデル」における自社と顧客の関係性を考える必要が出てくる。それゆえにカスタマーインサイトを得るための手段として、カスタマーサクセス(活動)への関心が高まっているのだと考えられる。
製造業、とりわけ消費財企業が、消費者とのつながりを持たなければ、カスタマーサクセスの概念を取り入れなければと危機感を持っているのは、こういう文脈で捉えると理解しやすい。なぜなら多くの製造業は、利用フェーズのカスタマーインサイトを得る術を持っていない。顧客がどこで購入しているかを把握するにも、流通チャネル(小売)の協力が必要だったが、顧客がどのように自社製品・商品を「利用」しているかを把握するのは、非常に難易度が高い。現在、多くの製造業がみずから顧客接点を持とうと、ソーシャルチャネルを活用したり(例:ソーシャルリスニング)、自社で流通機能を持ったり(例:自社サイトでのEC展開、D2Cモデルの台頭)しているのは、購買だけでなく、利用フェーズまで含めたカスタマーインサイトを得る必要性に駆られているからだと考えられる。
一方で、サービス産業の企業にとっては、このトレンドはあまり重視されていないかもしれない。なぜなら、これまでもずっと、彼らにとっては顧客接点=購買の場=消費・利用の場だったから、購買と消費・利用の差を意識する必要がない。彼らにとって「インサイト」と言えば、どうやって試してもらえるかであり、どうしたらリピート利用してもらえるか、だ。
感度の高いサービス系企業が、現場での顧客との接触をヒントに、サービス改善や新サービスを開発している、という例は昔から枚挙にいとまがない。リッツカールトン、サウスウェスト航空、ヤマト運輸、セブン銀行などなど。
マーケティングの役割はどうなるのか?
ここまで、企業活動の重心が購買促進から、利用促進へシフトするという話をしてきた。
では、企業においてマーケティング活動の役割はどうなっていくのだろうか?
筆者は、次の2点が大きな変化だと考える。
1点目は、マーケティング活動のゴール(ここでは狭義のマーケティング活動のゴールとし、ブランディングやPRなどは含まない)が、購買ではなく、初回試行(トライアル)へと変化することだ。
これにともない、得るべきカスタマーインサイトは「欲しい」「買いたい」ではなく、「試してみたい」「試してみよう」を引き起こす動機や心理へと変わる。これが大きな変化になるか、小さな変化なのかは、商材によって異なる。
購買単価が小さい、試行機会が豊富にある(短期間で何度も試すことができる)、スイッチングコストが小さい(乗り換えが簡易)といった特長がある商材(製品カテゴリー)であれば、この変化のインパクトは小さい。おそらくこういった商材を扱う企業は、現時点ですでに初回試行(トライアル)へ導くようなマーケティング活動をしているはずだ。
一方で、購買単価や支払総額が大きい、試行機会が少ない、スイッチングコストが大きい商材を扱う企業にとって、この変化のインパクトは大きい。そもそもトランザクションからサブスクリプションへのシフトというビジネスモデル変化のインパクトが大きいのだから、当然だ。このタイプの企業は、これまで顧客の「購買前」に向けた活動を中心に、社内の組織や機能が設計されていたはずだ。これにはマーケティングだけに留まらず、営業活動も含まれる。これらの活動の重心を「購買後・利用中」にシフトし、周辺の活動や組織機能を再設計することが求められる。
マーケティングの役割について2点目の変化は、製品開発への関与が増えることである。
どのような製品(ラインナップや仕様)であれば、顧客の初回試行(トライアル)を促しやすいのか。
このようなカスタマーインサイトを得られるのが優秀なマーケターである、と定義され直すだろう。すると、そのようなインサイトを製品開発部門へ直接的にフィードバックすることが重要な活動になっていく。
マーケティングの4Pのうち、Promotionにだけ関わっている、というマーケティング組織、マーケターは要注意だ。今後は、ProductやPriceについてのカスタマーインサイトを得て、製品開発部門へフィードバックすることが重要な役割になっていく。
終わりに
カスタマーインサイトは、その周辺に産業を作り出すほどの力を持つものである。これまで「購買」の周辺に巨大な産業を生み出してきたが、今後は「利用」の周辺に巨大な産業を生み出していくであろう。
カスタマーインサイトの中心が「利用」へシフトすることで、顧客の期待値、企業活動も変化していく。変化のスピードは、業界や取り扱う製品・サービスの特性によって異なるが、不可逆的な流れであると考えられる。そうであるなら、自社製品・サービスの「利用にまつわるカスタマーインサイト」について棚卸しをしてみると良い。顧客の利用状況(ユースケース)を把握しているだろうか。利用にまつわるカスタマーインサイトを取得するための活動は存在しているだろうか。得られたカスタマーインサイトはどのように社内で活用されているだろうか。
すでにカスタマーサクセス活動を実施ている企業でも、その活動が近視眼的になっていないだろうか。解約率の減少や追加売上といった数字にとらわれすぎていないだろうか。カスタマーインサイトを取得するための活動が、個々の社員に任せきりになっていないだろうか。
ひとりのビジネスパーソンとしても、この大きな変化に対応していきたい。これまで蓄積してきたマーケティング調査やマーケティング活動に関する知識・経験をもとに、それを新しい領域へ活用することで、新たなキャリアが開けるかもしれない。リンクトイン(LinkedIn)が公表した「2020 Emerging Jobs Report」によると、カスタマーサクセススペシャリスト職は、アメリカで急成長職種の第6位にランクインしている。なお第1位はAIスペシャリスト、第3位はデータサイエンティストであり、採用企業はAIやデータ分析をどの領域に活用していきたいと考えているか、に想像を馳せたい。
著者について
萩原 雅裕 Masahiro Hagiwara
ワークスモバイルジャパン株式会社 執行役員。
「LINE WORKS」立ち上げメンバー。最近はカスタマーサクサスも担当。
NTTデータ、ベイン・アンド・カンパニー(戦略コンサル)、日本マイクロソフト、米Microsoftを経て、2015年 ワークスモバイルジャパン株式会社に参画。2016年より現職。
慶応義塾大学卒業、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。
趣味は筋トレ、キャンプ(最近ご無沙汰)、好きな香草はシソ・パクチー・エゴマ。愛用プロテインはビッグホエイ。
10万人に読まれた代表作はこちら。
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