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2024年は新作の読書会小説が複数出たレアな年だった! ~『よむよむかたる』『夜更けより静かな場所』について~

こんにちは。こんばんは。
私は埼玉県の大宮にある『本と喫茶 夢中飛行』というお店で、読書会やその他本に関するイベントを色々と企画しているマサと申します。

新年ももはや1ヶ月を過ぎようとするタイミングで遅くなりましたが、どうしても書いておきたい2024年のレア事象があったので、このnoteに記しておきたいと思います。
それは、2024年は新作の”読書会小説”が商業出版で複数発売され、いずれも一定の評価・反響を得ているという中々なレアな年だったことです。
何がレアなのかといった事は後述しますが、折角そんな珍しいことが起きた年だったので、読書会を日頃から運営したり参加したりしている立場から、この読書会小説について私なりの感想を書いてみたいと思います。

記事スタート!

紹介する本①
朝倉かすみ『よむよむかたる』(文藝春秋)

紹介する本②
岩井圭也『夜更けより静かな場所』(幻冬舎)


事態の詳細 ~何がレア?~

まずは、「読書会小説ってなんだ」「それの何が珍しいんだ」というお話から。
”読書会小説”と名を付ける以上、その小説と読書会の間には何らかの関係があるわけですが…、まず読書会そのもの説明をします。
ここで指す”読書会”とは具体的に何なのかといいますと、それは本について語り合う場のことです。
「そんな場があるの?」と思われる方もいらっしゃると思うのですが、現代の日本でも、全国各地もしくはネット上で実際にそういった場が多数存在します。
この読書会という営みを小説のメインテーマにしているものを、この記事では”読書会小説”と呼ぶことにします。

もう少し読書会そのものの話をします。
読書会=本について語り合う場、といってもその中身は色々あるのですが、大きく分けて読書会には二つの種類があります。
その1:紹介型読書会
参加者同士で本を紹介し合うタイプの読書会です。
よくある形としては、「今年読んで面白かった本」「海外ミステリのマイベスト」といったテーマを設けて、テーマに沿った本を参加者に持ち寄って頂き、集まった参加者同士で選んだ本を紹介し合う集まりです。
(テーマが設定されていないタイプの読書会もあります)
その2:課題本型読書会

本の感想について話し合うタイプの読書会です。
例えば、夏目漱石の『こころ』をテーマとした課題本型読書会の場合、参加者は『こころ』を読了した上で当日会場に集まり、1~2時間ほど参加者同士で『こころ』の感想を話し合う…ということを行います。

いずれのタイプの読書会も、主催者によって進め方や企画内容などは色々と異なってくるのですが、上記の形が基本的な読書会の形式になります。
なお今回紹介する2冊の本で登場する読書会は、いずれも課題本型の読書会になります。

ところで、今これを読んでいらっしゃる方は、読書に何らかの関心や親しみがある方々が大半であると思うのですが、そもそも読書会のことを(本記事を読む前から)ご存じだった方はどれぐらいいらっしゃるでしょうか。また参加の経験がある方はどれぐらいいらっしゃるでしょうか。
自分の予想だと、「そもそも、そんなものは知らなかった」「聞いたことはあるけれど、参加したことはない」という方が多くいらっしゃると思っています。

読書会って、日本ではまだまだマイナーな活動だと思うんですよね。
読書が好きな方でも読書会の事をよく知らない方は珍しくない…というのが実態だと思っています。
そして読書会自体がマイナーなもののため、必然的にフィクションの世界でも、取り上げられることはレアというのが現状だと思います。
たまに小説や映画の中で読書会が登場するとしても、物語の中で少し出てくるだけで、読書会そのものをメインテーマにしたものは希少です。

過去には『ガーンジー島の読書会の秘密』『ジェイン・オースティンの読書会』といった作品はあるのですが(いずれも自分は未視聴・未読…!)、日本国内の作品となると、(特に近年のものは)これまであまり思い当たりませんでした。
国内作品でもあるのかもしれませんが…、いずれにせよ読書会というのは小説のメインテーマとしてメジャーな題材ではないということは確かだと思います。

そんな中、2024年に新作として刊行されたのが、『よむよむかたる』と『夜更けより静かな場所』という2冊の小説。
現役バリバリの日本の作家が、読書会をメインテーマにした小説を立て続けに出すというのがまずレアで、しかもなぜか発売時期も近いという珍しい事態でした。
『よむよむかたる』→2024年9月19日発売
『夜更けより静かな場所』→2024年10月23日発売

(ほぼ1カ月違い!)

そんなレアなことが起きたので、折角なので本の紹介とレビューをしてみようと思った次第です。
この記事では一般的な本のレビューとは異なり、あくまで「読書会」に焦点を当てて、両作品を見ていきたいと思います。

本の紹介とレビュー①:『よむよむかたる』(著:朝倉かすみ)

受賞歴・候補歴:第172回直木賞候補作

まずは出版社公式のあらすじをご覧ください!

小樽の古民家カフェ「喫茶シトロン」には今日も老人たちが集まる。
月に一度の読書会〈坂の途中で本を読む会〉は今年で20年目を迎える。

最年長92歳、最年少78歳、平均年齢85歳の超高齢読書サークル。
それぞれに人の話を聞かないから予定は決まらないし、連絡は一度だけで伝わることもない。
持病の一つや二つは当たり前で、毎月集まれていることが奇跡的でもある。

なぜ老人たちは読書会を目指すのか。
読みが語りを生み、語りが人生を照らし出す。
幸福な時間が溢れだす、傑作読書会小説。

https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163918976

以下、ネタバレにならない程度に話の筋を補足します。
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まず、物語の始まりですが…、この読書会(坂の途中で本を読む会)はコロナ禍によりしばらく中止しており、いよいよ読書会を再開するところから物語がスタートします。

物語の主人公は、会場となる喫茶店「喫茶シトロン」の雇われ店主の28歳の青年、通称やっくん。
この喫茶店はやっくんのおばが経営しており、やっくんは現場の運営を切り盛りする雇われ店主という立場です。関東から移住し、店の運営を託されたやっくんには、この喫茶店で開催される読書会の世話もおばから任されていました。

読書会のことはおばから色々と説明を受けていたものの、実際にその現場を見てみるまでは分からないことだらけ。ついに読書会は再開第1回目を迎えるます。あれよあれよと、やっくん自身もこの読書会に参加する事になり、次第に読書会とはどういう場なのか、理解を深めていくこととなりました。

そして物語は、読書会の発足20周年記念のイベントや記念冊子作り向けて動いていくことに…!
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この小説ですが、お話の作りとしては、話の主軸に読書会を置きつつ、並行して色々なサブのストーリーが走っていく形になっています。
メインストーリーは読書会の20周年記念に向けて動いていく話。それに並行して店主のやっくん自身が抱える悩み(実はスランプの作家という設定)や、読書会メンバーのそれぞれの人生のストーリーが絡んでいくという作りですね。

さて、本記事ではあくまで読書会の観点からこの作品のことを考えてみたいと思います。
注目したいのは二つのこと。
一つは読書会のスタイル。
この読書会は朗読&本の感想パート、という構成になっていて、複数回に分けて一冊の本の朗読と感想会を行う流れになっています。これはちょっと珍しい。
具体的には、メンバーごとに順番に本の中の一定の範囲を朗読していき、一つの朗読が終わるごとに、朗読そのものへの感想と朗読範囲の感想を話し合うという流れです。
なお、本物語の読書会の課題本は、佐藤さとる『だれも知らない小さな国』。こちらの本の読書会が毎回少しづつ行われていきます。
本作品の読書会は著者の朝倉かすみさんの母親が参加している読書会をモデルにしていて、朗読&感想会のスタイルもモデルとした読書会が実際に行っているものだそうです。
自分が見聞きする限り、このスタイルでやっている読書会はちょっと珍しいですね。
(むしろ朗読会と銘打っているイベントの方が、近い形はあるのかも…?)

やや珍しい形式ではありますが、書かれている読書会の姿は「そうそう、これが読書会だよね~!」という姿そのもの。
自分が全く考えていなかったことを他の人の感想から受け取り、そこから自分一人では思い得なかったところに辿り着く…という読書会の醍醐味が丁寧に描写されています。
また、読書会を変に美化せず、丁寧にその場で何が起きているのかを書いているのもよいですね。物語は青年やっくんの視点で書かれているのですが、読書会のリアルも高齢者のリアルも分からない中、実際に体験しながらそのリアルを見知っていく過程が(読書会観点からは特に)読み応えがあります。

あと一点読書会の形について補足すると、こちらの読書会は結構しっかりとした会員制の形を取っている会ですね。読書会といっても形は様々で、この物語のように会員名簿を作ってサークル・団体として活動しているところもあれば、その都度参加者を募集して開催する形式もあります。

二つ目に注目したいのは、読書会という場と日常の場の断絶を書いていること。
読書会に参加する皆は「這ってでも行きたい」と表現するぐらい、読書会には何としてでも行きたいと思っているのですが、周りの家族達からは必ずしも的確な理解を得られていないようなんです。「なぜそこまでして行きたいのか」と。
年齢も年齢なので皆それぞれ健康問題とか色々抱えているものがあって、皆で集まって本について語り合うということは、そんなに簡単なことではないんですよね。「無理して参加しなくてもよいのではないか」と家族や周り人々から思われている節があります。

ではなぜそこまでして参加したいのか…!?、ということが本作ではしっかりと書かれていて、これも自分の実体験とも重なるところがあって共感しました。
本書でも登場人物達に語らせていますが、読書会という場所は普段は全く関わりのない者同士で語り合うからこそ、のびのびと話せるという側面があるんですね。
日常的な立場を離れることで普段のしがらみからも解放される。それが遠慮せず伸びやかに語り合うという場を作り上げる、重要な要素となっている…いうわけです。だからこそ、這ってでも行きたいと思うわけです。

それからもう一点、この話題に関連してグッと来たことを。
物語中、とある出来事から、「公の場では普段読書会で接しているあの人はどう語られるのか?」「そこでは読書会はどのように扱われるのか?」ということを、見せられる場面が出てきます。
(ネタバレになるので、具体的にどんなシーンであるのかはここでは言及を避けます)
それを見た読書会メンバーの皆は、一言でいうとあまりいい気分にはなりませんでした。そこでは読書会で見せるその人の姿は語られず、読書会のことは完全に脇に追いやられているように感じたから…なんですね。
これってよくある話で、自分の家族や親しい人が、自分の知らない集まりでは全く別の顔を見せていた…ということって”あるある”な話だとと思うんです。
特に読書会って参加者のプライベートに触れなくても場が成り立つため、読書会の場にいる人からは日常の姿が見えず、日常の世界にいる人からは読書会での姿が見えない…ということは起こりがちな気がします。
自分自身、「読書会でよく会って話すけれど普段は何をしているのか知らない人」(知っていてもざっくりとしたレベルしか分からない)って沢山います。プライベートに踏み込まないと決めているわけではないですが、「そういえばよく知らない」ということは普通にあります。

自分達の場で見せる姿が脇にやられ軽んじられたと感じれば、その場への愛着がある人ほどいい気持ちがしないのは確かでしょう。
しかし、ある人の全ての側面を語れる人などいないでしょうし、誰が語ってもその語りには欠落が生まれることは不可避的な事だと思います。
(これに関しては一長一短であり、いいものとも悪いものとも自分には思えない)
自分の中でのこの作品への好意的な評価の何割かは、読書会という場に起こるこの事象について書かれていることで生まれているんですよね。それぐらい、自分にとっては重要なシーンでした。

★本書については、他の読書会主催者とYouTubeでトークしているので、こちらも是非ご覧ください!

Vol.1もよろしくです!

【『よむよむかたる』をかたる!】読書会の楽屋裏 vol.2(ゲスト:マサ企画室さん、めっけぶっくすさん) SOCIALDIA: ソーシャルディア


本の紹介とレビュー②:『夜更けより静かな場所』(著:岩井圭也)

2冊目です!まずは出版社公式のあらすじを引用させてください。

【あらすじ】
大学三年生の吉乃は夏休みのある日、伯父が営む古書店を訪れた。「何か、私に合う一冊を」吉乃のリクエストに伯父は、愛と人生を描いた長編海外小説を薦める。あまりの分厚さに気乗りしない吉乃だったが、試しに読み始めると、抱えている「悩み」に通じるものを感じ、ページをめくる手が止まらず、寝食も忘れて物語に没頭する。そして読了後、「誰かにこの想いを語りたい」と、古書店で深夜に開かれた、不思議な読書会に参加するのだった……。

https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344043701/

この話は連作形式になっていて、全体として一つの物語になっているのですが、1話ごとに物語の語り手となる主人公が切り替わっていきます。
(物語全体の主人公はあらすじでも紹介されている大学生の吉乃)

物語のメインの舞台は古書店『深海』で開かれる深夜の読書会。
大学生の吉乃と、大学生の同級生、書店の常連や従業員、そして書店主である伯父の計6名を交えて行われる読書会です。
読書会の形式は課題本型で、全員が課題となる作品を読み終えた状態で参加し、感想を語り合うタイプの読書会です。
1話ごとに毎回異なるメンバーが課題本を選び、その読書会が開かれていくストーリーとなっていて、課題本を選書したメンバーに焦点を当てながら各話が進行していく形式となっています。
各メンバーごとにそれぞれ色々な事情を抱えている為、個々人のストーリーと読書会がリンクしていきながら物語が進行していく…というお話です。

この作品で取り上げたい点はまずはこちら。
それは、読書会の課題本はすべて架空の作品であること。そして多彩なジャンルの架空作品を作り上げることに成功していること。
これ、第1話の読書会の課題本は現代ロシア作家の小説という設定なのですが、読んでいる途中「この作家も作品名も全く聞き覚えがないなあ…」と思って調べてみると、ネットに情報は一切なし。それもそのはずで、全て架空の作品だからなんですね。
この作品には多数実在の本が登場するのですが(『長距離走者の孤独』とか)、読書会の課題本に関しては全て架空という作りになっています。

架空といってもその作り込みが凄くて、読書会のシーンを読むとそれが本当に実在する本のように思えるんですよね。かなりのリアリティがあります。
また、その架空作品の幅も広く、海外文学から始まり、詩・絵本・時代小説…等々、幅広いジャンルで「架空作品を作って読書会のシーンを描く」ということをやってのけてます。なんという芸当!
読書会のシーンも、「こういうジャンルのこの本の読書会だったら、こんな展開になるだろうなあ…!」と納得できて、違和感が全くない出来なんですよね。
前出の『よむよむかたる』もそうですが、この『夜更けより静かな場所』も「そうそう、これが読書会!」というシーンが満載で、にやりとしてしまいました。

さて、なぜわざわざ架空作品にするという形を取ったのだろうと思ったのですが、自分の推測はこのようなものです。
それは、架空作品にすることで、登場人物たちの発言をよりフラットに受け止める効果が出るから…なのかなと。
実在の作品を課題本に設定すると、その作品を読んだ人から「なぜこの作品の読書会のシーンがこんな風になっているんだ」「この登場人物の、この読み方は違うのでは?」といったツッコミが入ったりすることが予想されます。そういうツッコミそのものはあっても何も悪くはないと思うのですが、物語へ没入していく効果は損なわれるかもしれません。
また、書く側としても色々と気をかける部分がどうしても出てきて、ある種の書きにくさが生じる可能性は大いにありそうです。

そう考えると、架空の作品を課題本にして読書会のシーンを作るいうのは、いい案のように思えてくるんですよね。皆さんはどう思いますか?
僕自身は読書会のリアルも魅力も伝わる形で書かれているなと思いましたし、自信を持って「読書会ってこういう感じだよ」と勧められる内容になっているなと思いました。
(なお本書に登場する実在の本は巻末に一覧が載っているので、それで実在の有無は判断できるようになっています)

それから本作ですが、各話ごとに読書会メンバーそれぞれのストーリーとその回の読書会が、本当にきれいにリンクする形で書く事に成功しているんですよね。連作ものを読む楽しみを味わえる作品になっていると思います。
自分が普段関わる読書会のスタイルと近いこともあり、自分にとってはこれが読書会小説の一つの理想形だなと思っています…!

終わりに

以上で2冊の紹介は終了です!
日頃読書会を開催している身としては、とにかくこの2冊が出たことは本当にありがたいことだと思っています。

”読書会”ってやはり、その言葉自体の認知度が高いとはいえないですし、その実態への理解となると…知る人は更に少ないことは否めないと思うんですよね。
ではどうやって、その認知度と理解を広めていくのかというと、色々な手段があると思うのですが…、特に自分が欲しいなと思っていたのは優れた物語でした。
小説・映画・漫画など…何らかの物語表現を通じて、物事の認知度や理解度が高まることって、過去にこの社会では何度も起きていて、それが読書会にも起こらないだろうか…?と。
それが間口の広い小説という形で実現し、それも直木賞候補になる作品を直近で書いている現役バリバリの作家2名が連続で書いてくださったという…、これは本当に幸運な出来事でした。
(朝倉さんは『よむよむかたる』が第172回直木賞候補に、岩井さんは『われは熊楠』が第171回直木賞候補に選出されています)

これをきっかけに、読書会の世界に来て下さる方がいるといいな!

~告知~
自分が企画・運営している読書会の詳細はこちらにまとめています!気になる方はどうぞ~。

本と喫茶 夢中飛行』は大宮駅前のエリアにあるシェア型書店で、本棚を借りて好きな本の販売・貸出ができるタイプのお店です。僕自身もここに本棚を借りて色々な本を出しています。棚を借りている縁もあり、よくこちらのお店をお借りして、読書会やその他トークイベントなどを企画しています。

直近で開催予定の読書会はこちら!文庫で読める穂村弘さんの短歌集です!
●課題本:穂村弘『ラインマーカーズ』
●日時:2月9日(日) 10時~12時
●会場:本と喫茶 夢中飛行(大宮)


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