自己啓発本ばかり読む理由
人生の岐路に立ったときや、病気・怪我などで人生が停滞してきたと感じ始めて悩み苦しんでいるときは、思わず心が病んだり、何かにすがりつきたくなることがあります。そんなときに読む自己啓発本はときに自分を導いてくれたり、励ましてくれたりしてくれるように思います。
かくいう私もそういった理由で、一時期はかなりの量の自己啓発本を読みこんで、そこで得た知見をノートに書きこんだりしました。
アルコールの酔いが続かないように、一晩眠ると以前の自分に戻ってしまう
この記事にあるこの「アルコールの感覚」を求めるために読んできたと思います。すなわち自己啓発本は、仕事終わりに飲みに行くビールや、一時(いっとき)の疲れを癒すマッサージのようなもので、「ためになる言葉や気づき」や「心に響く言葉」を頭の中に一時的にインストールすることでこれまでの悩みを和らげるために存在するものだと思います。
そのため目の前の悩みを和らげるため、次から次へと新しい「気づき」を得るため似たような自己啓発本を買い、そこで感銘を受けた言葉をまるでツボ押しマッサージを受けるかのように心のコリを和らげる…そして悩んでまた本屋やAmazonで購入する…私のkindleのライブラリーや本棚には今もそこで購入した本が残されております。
心に刺さる言葉集めをしてきた
その上、それらで「学んだ」「感銘を受けた」一文をノートに書き込んで言葉集めもしていました。そのときはとても勉強になったと嬉しくなりますし、その言葉を忘れまい、心に刻もうと決心したこともありました。ただし残念なことにこれらの言葉も2~3日経過すると不思議と忘れていき、しまいには書き込んだ記憶すらも忘れてしまい、ふとしたタイミングにノートを開いてみて「そういえばこんなことを書いていたなぁ」なんて思い出す始末です。
また、その言葉集めの背景には人生の岐路に「自分の選択が正しかった」と、推してくれる言葉を求めていることが起因してます。私自身、これまで何かあると親や先生、友人やカウンセラーなどに相談をして、その度にその相談者たちが自分の意見を対して肯定的な反応を求める(肯定させるように相手に言葉を引き出させて)自分自身の選択が正しかったと満足していました。それをもっと手っ取り早くさせるために自己啓発本を使ってやってるだけ。そうやって自信のない自分の選択に理由をつけることで、自分の行動に後押しをつけたかっただけでした。
言葉集めは所詮は自信のないことの裏合わせ
余談ですが、恐らく占いにハマる人も同じ心理だと思います。
結局、自分に自信がないからそういった周囲からの「同意」ある言葉を求めていっているだけだと思います。それを「勉強になった」「人生の気づきになった」と喜んでいる(自己満足)に耽るだけために読む書物、それが自己啓発本の「正しい」使い方でしょう。
結局、人生の岐路で必要なものは決断力。その決断力は自分自身の自己理解がどれだけできているかだと思います。自己理解とは、問題など物事を細かく分析してわかりやすく客観的に理解しているかということに尽きます。
他人の「成功体験」ほど参考にならないものはない
少し蛇足にはなりますが、自己分析本のなかには作者の「成功体験」を元に語られるものもあります。あくまで私の私見ですが他人の「成功体験」ほど参考にならないものはないと認識してます。それはその「成功」にはほどんどの部分が「運」によるものが多いからです。
成功には、その人がこれまで生きてきた環境や時代の潮流など複雑な変数が合わさった結果に負うところがあります。もちろんその人の努力によるものも含まれますが、その努力も自分の才能をみつけられるかにかかっております。それがたまたま自分の才能に気が付いて、あるいは無意識に継続してきたことが自分の才能だったことによって成功に導かれると考えております。そしてその運ゲームを何回試すことができるかすらも周囲の環境に負う部分があるため、他人の成功体験ほど再現性のないものはないと確信しております。
結論にはなりますが、所詮は自己啓発本はあくまで悩める自分の心をマッサージしてくれる道具。自分の人生を導いてくれる聖書や経典ではないということだけは認識する必要はあります。それだけを理解するだけで、それらの書物を求めているときに「自分は今心が弱っているんだ」と認識できて、自分自身の自己理解の助けになると思います。
ありがとうございました。
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