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獣医師の使命は、安易な正義を振りかざさず、「最も悲惨な結末を防ぐ」ことにある
獣医師は、動物の命を守る職業である。しかし、それは単に「生かすことが正義」という単純な話ではない。時には苦渋の決断を下し、「最も悲惨な結末を防ぐ」ことこそが、獣医師としての真の使命である。
事例1:野良猫の妊娠と安易な正義
あるボランティア団体の職員が、妊娠している野良猫を見つけた。彼は「命は尊いものだから、産ませるのが正しい」と考え、多くの人も「生ませてあげるべきだ」と賛同した。しかし、その後の現実はどうだったか。
子猫は5匹生まれたが、すべての里親が見つかったわけではなかった。2匹は病気になり、十分な医療を受けられずに命を落とし、残る3匹も過酷な環境の中で生きることを強いられた。母猫自身も子育てのストレスで衰弱し、元の過酷な生活に戻ることとなった。
このケースでは、安易な「正義感」からくる判断が、結果としてさらなる不幸を生んでしまった。獣医師が最善を尽くすべきだったのは、「産ませるかどうか」ではなく、「この猫とその子どもたちが最も悲惨な結末を迎えない方法を考えること」だった。
事例2:末期がんのペットと延命治療
ある飼い主が、末期がんと診断された老犬を連れてきた。獣医師は、病気の進行が進み、治療による延命は犬にとって苦しみを長引かせるだけだと判断した。しかし、飼い主は「どんなことをしても生かしたい」と言い、痛みを伴う高額な治療を望んだ。
獣医師は飼い主にこう伝えた。「動物にとって最も大切なのは『生きること』ではなく、『苦しまないこと』です。この子が残りの時間をできるだけ穏やかに過ごせるようにするのが最善の選択です。」
結果として、犬は適切な緩和ケアを受け、最期は飼い主に見守られながら穏やかに旅立つことができた。「生かすことが正義」という安易な考えではなく、「最も悲惨な結末=苦しみながらの死」を防ぐことこそが、獣医師の使命であると考える。
結論
獣医師の仕事は、「命を救うこと」だけではない。それ以上に大切なのは、動物ができるだけ苦しまず、幸せな生涯を送れるようにすることだ。「産ませることが正しい」「延命することが正義」といった単純な正義論ではなく、その選択が本当に動物にとって幸せかどうかを考えることが求められる。