第5回テーマ「建前に力なし、本音力宿る」
私はコンサルティングで関わらせて頂く方々に本音を語ることの大切さをお伝えしてきた。今こそ本音で語りましょうと意図的に本音を語る機会を作ってきた。その理由は今まさに時代が変わろうとしているからに他ならない。ちなみに、本音という言葉の対義語は建前ということになる。建前文化は日本独特のコミュニケーション文化ともいえる。空気を読む、暗黙の了解、御察しするという慣用句の数々は正にこの文化を象徴していると言葉と言えよう。
かつて、アメリカの文化人類学者ルーズ・ベネディクトが「菊と刀」という書籍の中で、日本は「恥の文化」であると述べている。人に後ろ指を指される生き方をするなという言葉に象徴されるように、この考え方は周囲の人には気を配れ、空気を乱してはならぬ、人と違う事をするなという精神性とも言い換えることができる。極論すると、人よりも先んじて事を成し遂げるよりも、目立ち過ぎて叩かれるような恥ずかしい生き方をしないことが優先される文化とも言える。
しかしこの精神を強調し過ぎると、なるべく自分の意見を主張せず、周囲に同調し、波風立てずに、無難にやり過ごすという組織風土が成立してしまう。実際、日本にはこのような会社が非常に多い。考えなければならないのは、今は人口がどんどん増え、物を作ればなんでも売れる高度成長期ではないということだ。コロナに象徴されるまでもなく、今や200年に1度と言われる激動の時代に突入している。そして既に日本は先進国の中でも最速で少子高齢化、人口減少社会を迎えている状況でもある。この時代に建前を重んじ調和と同調を優先していては正直、企業の存続は難しい。先行き不透明なときに優先されるべきは、まず可能性があることを「やってみる」という精神であり、それをアジャイル(迅速)に行動することである。そして結果が出なければ次、次と矢を放っていく機敏さだ。そのような体制をとるためには前線への権限委譲と前向きな失敗はむしろ奨励するという組織風土が必要だ。
そのためには、社員ひとり一人がどうすれば時代の要請に応えることができるのかを考え、議論する場が必要なのである。その為には、これまでの上司と部下という関係性の根底に流れる不文律、「上司は部下よりも偉く、上司の意見は常に正しく、部下は黙って上司の指示に従え」という暗黙の組織力学を見直すことである。上司というポジションに力を持たせるのではなく、それぞれの役割を再定義し、機能させるという考え方にシフトすることである。ポイントは縦の関係性ではなく、横の関係性つくること。つまり立場のフラット化だ。そのようにして初めて対等な話し合いができる場が生まれる。
「この先会社はどうしたら良いか」という本質的な議論を行うことができるのである。そして、その場に活力を与えるものこそが「本音」から語られる「本心」なのだ。建前に力はない。本音と本心にこそ力は宿る。今まさに、本当はどうしたらよいのかを喧々囂々議論する時なのだ。そこにこそ変革の鍵はある。
(日本食糧新聞 令和3年8月)