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エッセイ「小説「豊穣の海 第1から4巻まで/三島由紀夫の公威さん著」(新潮文庫)の秘密」※全文掲載

 三島由紀夫さんの本名が公威(きみたけ)と言います。僕は生まれつきの霊能者でしたが、一時期霊能力が使えなくなったんです。しかし、27歳の時、2003年6月3日13時58分27秒に「超怠悟(ちょうだいご)」して、再び霊能力が復活した。「超怠悟」とは、「死は全ての終わりではない」という事を悟る事を言います。僕は憶えていないんですが、悟る言葉と悟った時間は大天使アリエルから教わりました。 そして、4日後の6月7日の午後に、脳出血を起こしました。「脳静脈奇形」と言います。ICUに約一か月と半月入っていました。  

 何も自慢をするつもりは更々ありません。ただ淡々と、起った事を綴ります。 当時の記憶はまばらです。所々憶えている程度です。 ただ、僕が施術してもらった国立名古屋病院の外の、大雨の映像が観え、次に場面が変わり、ICUで拘束されている自分を観ていた。意味分かりますか?僕はどこから、自分の姿を観ていて、僕はどこにいたのか? 

 初めは夢だと思っていましたが、脳静脈奇形で脳出血を起こした後に、僕は霊能力が復活したんです。 脳外科の担当医の斎藤さんには、ICUから出て車椅子で移動して診察を受けた際に、いきなり「一生車椅子か半身不随」と告知された。 自室に戻ってからは、周りに人がいない事を確認し、枕に顔をうずめて、涙を流しました、「絶対に治ってやる!」と自分に誓って。 

 それからは、リハビリの時間以外も、自分の身体の可動域を拡げる運動を独りでしました。車椅子もじきに使わずに移動するようになった。杖は使っていました。 病院で車椅子で移動していた時期は、相手に上手くしゃべる事もままならかったんです。本を読んでも、前のページの内容が記憶出来ない時もありました。 それが今では、車も普通に乗れる、バイクも乗れる。僕の右半身の神経からは、脳静脈奇形で脳出血を起こす前の身体は117%回復出来ていると教えてくれました。 

 そして、地元に帰って、久し振りにパソコンの前に座り、拙書「病名命名屋」になる前の文章を直そうとしていたら、右手が勝手に動き、「お待ちしていました」という部分が大きくなった。勝手に身体が動いた事も不思議でしたが、僕の右手を動かしたのが、大天使ミカエルだったと、14年後にミカエル本体から念話で教わりました。(※念話とは、霊能者が用いる手法)

  また、三島由紀夫さんは、本名を公威と言いますが、三島由紀夫さんだけでなく、僕は多くの亡くなった方々とも念話で話している霊能者なんですが、三島由紀夫さんから、「呼び捨てにしてくれ」と頼まれ、念話で話す時は、呼び捨てで話しています。(※くれぐれも誤解のないようにお願いいたします!)

、タイトルの「小説「豊穣の海 第1から4巻まで/三島由紀夫の公威著」(新潮文庫)の秘密」ですが、僕は、公威の自殺を見抜きました。詳細は公威の本を読んで頂くとして、この小説は、僕が読んだ日本の小説の中で一番面白かったんです。 3巻まで生まれ変わりを肯定し、最後に…。本を是非読んで下さい。本当に面白いですから。

拙書「たいよう十七」

#読書の秋2020

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