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自分を感じて感謝^^
自分に感謝しよう^^毎日、自分は朝早く起き、作品を綴る。自分に感謝できない人は、自分の親や先祖を大切にしていない。
自分の心臓を動かすのは、自分では無く、先祖だと教わった。命のリレーをしているんだ^^
自分を表現したいとの思いは強く、もっとアニメや映画より、目の前の喜びをお客様にあげたいなと思った。
双極性障害。ぼくはこの病名が正しくないと感じている。ある医師の説明だと、薬を出すのに病名が必要で、ぼくが単なるうつであっても、
使う薬が双極なら、ぼくの病名は双極性障害になる。ぼくは元気だし、家事だって、この2年9カ月で訓練され、料理がうまくなった^^
たくさんの助けに感謝している^^でも、もういいよと援助システムに言いたい。
病気や援助システムは大きな助けだった。知り合いもたくさんできた。でも友人は?できたけど、生きるベクトルが違うなと。
当たり前だが、元社長で、来年、起業を計画しているビジネスオーナーのぼくは、作業所では浮いてしまう。自分で自分のことをするのはオーナーとしては当たり前で、
それが出来ない人と一緒に過ごしても、時間の無駄だ。感謝はしている。助けにもなった。ぼくはそんな体験を大切にしながら、障がい者としての立場から出たいと思う^^
「好きなことをすることが回復だよ」-ある医師
この言葉通り生きてきた。自信が大きくなりすぎて批判されたこともある。自分が有ることはいい。だが、その才能を相手にそっと出すことが大事で、
自分のことが分からない人もいる。ぼくも通った道。優しく見ていよう^^
回復者の道。それは自分らしくキラキラすること^^
教える必要は無いとやっと悟った。自分を愛し、彼女を愛し、お金を愛し、健全さを愛し、障がいと別れていく。
文章を書くことで、発信することで、自己実現だ^^トラウマは残る。それは里程標であり、思い出すと泣けるが、それでいい。
自分らしく生きやすい時代。同時に勘違い野郎のたくさんいる時代。
我がままを通すのが自分らしさではない。自分を出すと同時に隣人との関係に優しさを示し、自分と相手のOKを取る。
人は対人関係を無くすと想いは死に向かう。2年間の空白。作業所を辞めて、狂いながらゲームを創っていた。すごく苦しかった。
必死な思いで保健所に相談。これが俺を救った。
相談の上でまた、作業所へ。電話すると訪問看護を提案され、契約した。
ズタボロになった俺。そんな俺に優しくも厳しい援助者が3人いる。最初は怖かったが、言われるままに人生の軌道修正をはかった。
驚いたことに、コミュニケーション能力は生きていた。文章を書いていたことがギリギリになっていたらしい。
作業所にも復帰し、交友を楽しんだ。だが、今感じるのは、自分はもう、障がい者としての生き方が変だと言うことだ。
物書きとしての自覚。ゲームクリエイターしての過去。自分のしてきたことを融合し、売れる方法を探し、売れる作品を出したい。
障がいで得た知恵。皆さんのやさしさは感謝だが、リハビリで得た仕事する力は使う方がいい。人を援助すると言う考え方。それはどうなのだろう。
病気の人にも生きる力があると、観察してきたし、話を多くしてきた。
創作が出来る人もいる。なんか、クリエイターとか才能を秘めている人が多いな。自分で自分を出して欲しい。