生きたことばの交わし合いが社会への手触り感と民主主義の文化を醸す: Compath 安井早紀・遠又香
今回は、株式会社Compathの安井早紀さん・遠又香さんをお呼びして、公共とデザインの石塚・富樫・川地による対談(雑談?)をおこないました。Compathのおふたりは北海道東川町を拠点に、デンマークの「人生の学校」フォルケホイスコーレをモデルにした学びのあり方を探求・実践している方々。フォルケホイスコーレ(以下、フォルケ)を話の真ん中におきつつ、民主主義・学び・わたしのあり方・対話・贈与・弱さ...といった切り口の関係を深めていくような時間でした。
おはなしの相手
株式会社Compath: Compathは、デンマークのフォルケホイスコーレに出逢い「これ日本に欲しくない?」という問いから始まったプロジェクトです。フォルケホイスコーレは、17.5才以上なら誰でも通える"人生の学校"。自然と余白の中で共に暮らし学ぶ、全寮制の大人の学び舎です。北海道東川町を舞台に学校づくりの実験と準備中です。https://schoolforlifecompath.studio.site/
安井早紀 (やすい さき・右下) 1990年生まれ神奈川県出身。幼少期はイギリスで過ごす。慶應義塾大学在学中は“教室から世界を変える“NPO法人 Teach For Japan勤務。大学卒業後は(株)リクルートに入社して6年間人事総務/中途採用/新卒採用に従事。特に地方と海外を舞台にした大学生向け次世代リーダー育成プログラムの、プロジェクトリーダーとして注力。2018年、島根に移住して地域・教育魅力化プラットフォームに参画して「地域みらい留学」の事業づくりに従事する。並行してデンマークのフォルケホイスコーレにヒントを得た“人生の学校“の設立を構想し、2020年4月に株式会社Compathを設立。2020年7月より北海道東川町に移住。
遠又香 (とおまた かおる・左下) 東京都生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。15歳のときにアラスカの2000 人の村に単身留学。現地でのキャリア教育に感銘を受け、日本の教育をよくしたいと志す。大学時代は高校生、大学生向けのキャリア教育を提供するNPO法 人で活動。卒業後は、ベネッセで高校生向けの進路情報誌の編集者として働いた後、外資コンサルティング会社に転職。企業の働き方改革支援や教育系のNPO法人のコンサルの仕事に従事。並行してデンマークのフォルケホイスコーレにヒントを得た“人生の学校“の設立を構想し、2020年4月に株式会社Compathを設立。2020年7月より北海道東川町に移住。
川地: 本日はよろしくお願いします!さて、民主主義と学び、民主主義を日常に取り戻す、など気になるテーマはいくつもありますが、みなさん何からお話しましょうか。
さき:最近インタビューを受ける機会があったけど、一般的には「民主主義」ってわかりづらいんだろう、とよく感じます。民主主義といっても日本とデンマークでは異なるし、伝えるのもの難しい。そうした部分を紐解いていきたいですね。
川地:なるほど、日本とデンマークのそもそもの違いから見ていくのがよさそうですね。
フォルケの起源と「生きたことば」による社会づくり
さき:うん、話題提供も兼ねて、フォルケのルーツと民主主義の関係性に関して少しお話しますね。フォルケはデンマークの大人の全寮制の学校で、人生の中で少し立ち止まり、自分や社会をよく知るための場所。また、社会的には学びと民主主義の文化をつくる装置でもあります。
フォルケってはじまりが面白くてね。175年前、一部の人(特権階級)が社会をつくっていた当時、デンマークの王様は戦争好きだけどとっても弱くて、戦争すればするほど領地が奪われ減っていきました。で、豊かな土地から奪われ、資源も何もないから、最後は人しかいない...!って状況になり、学びを大事にするようになったんです。
さらに、教育思想家であり哲学者のグルントヴィは、一部の人による社会づくりは限界があり、全体の85%を占める農民階級も社会づくりに参加しなければ真の民主化とは言えないと主張しました。既存の貴族階級のためのラテン語の学校に対して、すべての国民のためのデンマーク語の学校をつくりたいと主張して始まったのがフォルケホイスコーレの起こりです。彼が大事にしたのは、内から湧き出てくるわたしの「生きた言葉」に根ざした対話を基盤に、ひとりひとりを活かしあう思想でした。
でね、わたしたちもフォルケの文献を読んでいたけど、民主主義というキーワードはよく出てくるけど、ガン無視というか笑、スルーしてたの。その時は、わたしたちも民主主義=投票だと思っていたし、フォルケにおいては日本の教育の真逆の「立ち止まって余白を取る」等に価値を感じていました。
民主主義に対しての理解をアップデートできたのは今から1年前。ひとりひとりが社会を自分の目でみて、参画して責任をもつこと、手触り感をもっていること。これこそがデモクラシーなんだ!って。そして、このシステム図の中心がひとりひとりの感性なんだよなあ、と思ったんです。
デンマーク・民主主義の好循環
一方で、日本は逆。誰かがシステムをつくってると考えて、そのシステムにあうように我慢して、感性に蓋をして、わたしと社会は関係がない、とどんどん距離が離れていく循環...。デンマークも175年かかっているから、すぐにはよくならないけど、日本の悪循環を裏返していきたいっていうのがわたしたちの根幹にあります。
日本・民主主義の悪循環
川地:おもしろい...フォルケの起源は、フィンランドにも通ずるところがありますね。フィンランドは独立してまだ100年ですが、長年スウェーデンやロシア等、大国の植民地支配におかれていた弱小国なんです。だから資源もなく、抑圧のもとにあったという歴史が、教育の重要性・平等性につながっていきました。両国に共通して、他に頼るものが人しかない"どうしようもなさ"から現状が積み上がってきたんですね。でも、日本は戦後、民主主義を勝ち取ったわけでもなく、棚からぼた餅的に民主主義が導入されてしまった。民主主義なのにトップダウンで始まっているし、「わたし」から始まっていない起こりの差はとても大きいですね...
民主主義は政治制度ではなく、日々を他者と暮らす中から醸される文化
かおる:まさに、と思います。デンマークの人と話していると、(民主主義は)自分たちで勝ち取り、作ってきたものという自負を感じます。
フォルケは自由な表現をしながら他者と生きる、"あり方"を維持するための装置です。でも最初はわたしも、民主主義って"制度"だと思ってました。中高でそう習ってきたし...。本当は生活に密着してて、日々がとても大事なのに、日本は政治制度という枠組みでおさまっている。民主主義の話をすると、「わたし政治の話をしたくないので...」という反応もよくもらいます。
富樫:ぼくも生活者から議員に要望を届けられるサービスを運営していますが、利用者さんにインタビューをしていると、生活の悩みをまわりに言えない・話題に出せないという人が多いんです。つまり、本当に困っている人の声を自然に吸い上げられないんですよね。それに、システムを変えられない・変わらないと思っている人がとても多くて、批判やダメ出しはあるけど建設的なかたちで話せる人は少ない印象です。自分の役割が固定化されているから、その役割をゆさぶるような教育の仕組みがあるって意義深いなと思いました。
川地:ハンナ・アーレントは"現れの空間"という概念を唱えていますよね。「私は父である・部長である」という社会的役割に自分を当てはめて、こうあるべきだとふるまう。こどもですら「私は小学6年生である」と役割のもとで生きてしまったり。そこから出ることばは、その人の"ならでは性"がなくなっていると思うんです。要は、グルントヴィが批判した死んだことばになっている。そんなことばしか持ち得ないまま、大人になっていく。生きるため・社会をともに営むために、必要な知が育まれる場所がないな、と感じます。
石塚:政治の話をしたくないって、政治のイメージ=国会議員や政党、になってますよね。本当は政治って、暮らしのなかで培われ、自分の選択から拡がるものだよなと思う。そのことばと実態が乖離している感覚が日本ではとてもあります。だから、手触りをもって変えられる実感が湧かないんですかね。
川地:まとめると政治も民主主義は本来、日常・暮らしの中にあるものですね。でも、日本では切り離されたものになっている。これを受けて、みなさんに聞きたいのは、ぼくたちも認識していないだけで、実際は「今、振り返るとこれって民主主義の瞬間だったな」という経験を日々、してきたのでしょうか。
他者に触発され、引き出され、気付かされ、わたしの光が灯っていく
さき:箱の中、家族・会社という枠であれば、している気がします。自分が当事者性を持って、まわりの環境に対してこれをやるべき、と動くことって日本はある意味、得意そう。でも、その成功体験が社会につながっていないと感じます。フォルケが作られた当時の課題意識は、農民が土地から離れられないので可能性が閉じられていたり、役割が固定化されていること。自分の世界しか知らないので社会への眼差しや当事者性が持てない状態でした。文献を読みながら、この思考の狭まりかたは会社員時代の私と酷似しているぞってびっくりました笑。
川地:個人の民主主義の種となる体験から社会へつながるって、どういうことでしょうか。
かおる:フォルケのひとつの目的はpower to peopleです。enlightenmentとも言いますが「あなたたちは社会を変える力をもっていますよ」というメッセージ。そもそも今の日本の多くの人は社会は遠いものだし、組織もわたし一人で変えられないよ、と自分のもつ力は大きいという教育を受けていません。どっちかといえば人に迷惑をかけないように、と。むかしのデンマークも、農民は雇い主から言われた仕事をしましょうスタンスでした。でも、「みんな素晴らしい力があるよ!」とグルントヴィが言い出し、自分たちで社会づくりするんだ、と啓蒙していった。ひとの心から信じた人が教育をかたちづくったんですよ。
石塚:デンマーク語の「教育」という単語oplysningの意味が「光を灯す」とあったことにとても共感しました(参照)。公共とデザインでも、「公共の再編を通じて、私の内なる光を灯す」というパーパスを掲げています。関わりの中でひとりひとりの可能性=光が拡がっていく、その光がまわりに伝搬していく、という循環です。こうした可能性を模索していける場がフォルケなのか、と印象を持ちました。
かおる:他者の存在があって自分の光に気づくっていうのは、フォルケが全寮制である意味ですね。他者と生活するなかで「あなたはこんないいことあるよね」と言われて自分を発見するって、まさに他者との関係によって輝くこと。フォルケは先生が生徒さんのこれまでの人生史について引き出していくことが、自然と行われています。また、試験がないのは顕著ですが、そもそもジャッジ・評価をしない環境だから、過去の自分とつながり直したり、衝動のままに内から出てきた表現を、そのまま褒められるんです。
フォルケでの一風景
川地:それはまさに、内なる光の顕現につながりますよね。日本でも創造力教育とさけばれますが、この"創造力"は経済につながるイノベーションや社会的評価と結びついたものになってる。でもほんとは日常で生きる中での、小さな想いの発露や創作もクリエイティブであるはずでしょう。最近、個人の仕事で食に関わってますが「ポテサラにかつお節いれて和風にしたらめっちゃ美味しい」って感動しました。でも、これは主婦のひと工夫、または社会に役立たない自己満足だ、と矮小化されてしまうかも。これをクリエイティブだと思えるかどうかです。
さき:共感度たかいですね..。わたしたちのプログラムに来てくれた方のインタビューを編集していたんですけど「"なんとなく生きていくために大切にしたいこと"と"ビジネスで大切にされていること"にギャップがある。このまま生きて、ぼくの生きるチカラは備わっていくのだろうか」と彼は話していました。経済ではポテサラは重宝されないし、そのギャップに息苦しさを感じるのかなと感じます。
川地:面接でポテサラにかつお節いれますと言っても「は?」となっちゃいますもんね...その意味で、フォルケにいった人の「あと」ってどんな感じなんでしょう。もちろん、フォルケでは全寮制で過ごしているから日常なんだけど、ハレとケでいったら、フォルケってハレのイメージがあるんです。でも合理性が強い社会にもどるとギャップがありそう。
自然なわたしと生活の積み重ね。フォルケでの体験が「立ち還るべき場所」をからだに宿してくれる
さき:わたしたちはEnlightmentとTogethernessを大事にしていきたいんですが、前者はこんな自分もいたなあ、という可能性の発露。ジャッジをせず余白があるとか、役割がついた自分とは違う、懐かしい自分・久しぶりに好きな自分に出会えた、と関係の中でアイデンティティが現れてきます。だから「あのわたしがナチュラルだった」と経験し、それを思い出すことがこれからの土台にもなる。Togethernessは民主主義の実践だと思います。「台所はこれくらい綺麗にしておきたい」のすれ違いから起こる民主主義、です。よく民主主義を何で教えるか、どんな講義をやるのか、と期待されますが、そうではなく生活の積み重ねなんです。「わたしは週3回きれいにしたい世界」と「月1回でいい世界」がぶつかり合う。0か100かではなく、すり合わせてともに生活を紡いでいくのかが小さな社会のはじまりです。その成功・失敗に問わず「ああいうのあったな」という実感の有無が、より大きな社会につながっていくのではないかと感じます。
Compath・フォルケ訪問時のメモ書き
川地:フォルケを出たあとも、その原体験が身体に蓄積されているからこそ、自然体に立ち戻ったり、社会を営むこころにもつながっていくんですね。唐突ですが、家庭や家族ってキーワードになると思うんです。さきほど、箱の中では日本でも実践できているという話もありましたが、友人たちと話してもカップル・夫婦間の対話ができていない感覚はとてもあります。熟年離婚ってある種、その表出なのかな、とか。日本はやはり生活レベルで、または二者関係でも、民主主義の実践の萌芽は少ないのでは、と感じてしまいました。
かおる:わたしもそう思うなあ...。アジア人の学生はフォルケで苦労するって先生も話していて。少数側の意見も聞いた上で妥協点を見出すのが民主主義なのに、多数決で強いほうが意見を通すのだ、と教えられてきたからです。なので日本人がフォルケで生活をしてても、いざこざがあったとき先生に相談しにいきますが「全然ゆるせない、でも我慢する」というノリ。でも先生は「いや、我慢せず対話しなよ!」と言う。
わたしたちは我慢でシステムが回っています。共同生活って、新婚生活もそうだけど面倒くさいものだけど、対話しないとどちらかが我慢させるか・するかになる。それを手放してきた結果、民主主義の土壌が培われてこなかったんだろうと思います。わたしたちも1週間のプログラムをやってみたけど、そうしたハレーションが起こらなかったから、いまは中期の4ヶ月のプログラムをつくっています。
石塚:わかります...わたし結婚して半年なんですけど。暮らしはじめてから、皿洗いや洗濯頻度まで誰がやるとか、衝突しまくってます笑。他人と住むので遠慮から始まったけど、噛み合わない部分が徐々にでてきて、対話が必要なタイミングができてくる。その原体験がないと我慢すれば過ごせる、になってしまいます。今まで我慢してたから、別にいっか、と。
富樫:んー、衝突があれば対話につながるわけでもないのでは?ぼくは対話や他者に向き合うのは重要だ、と感じたのは最近なんです。シェアハウス住んでいたときにも他の住人とぶつかってたけど、「あいつ、マジなんだよ!」と思っていて対話はしなかった。衝突があれば自然に培われるわけではないですよね、なぜそこで対話をしようと思える人は、その必要性に行き着くんでしょう。
ともに生きるための対話は、"弱さ"の受け入れからはじまる
さき:本当に心から、「あなたとわたしがいないと」「ひとりよりあなたといた方が絶対いい」と思っていないと、諦めてしまう。お互い強み・弱みもある、ひとりでやれなくないけど補い合ったほうがいいと思っているので、そこから対話のスタートになっていくんじゃないでしょうか。
川地:先のお話とつなげると、1週間のプログラムでは仲良くなるとはいえ「わたしとあなたの二者関係」にまではならないんですかね。こいつ嫌でもどうせすぐ離れるから我慢できる、になっちゃう。だから難しいのか...。ぼくがフィンランドの院で学んでいたのは、民主的な思想に基づいたデザインのあり方でした。1970年代に労働者ー経営者の権力格差からはじまった、声なきものが表現でき、力関係をならした意志決定を促すものです。それが今は、公共施設をつくるにも行政のトップダウンではなく住民がチカラをもつ、病院も建築家や医者だけでなく患者の生活や生死にも影響あるので「わたしは何が望ましいのか、何があれば病院でも幸せに暮らせるのか」とわたしを表現する、など領域が拡がっています。そこでは、他の患者の欲望とつき合わせてどうか、医者からの観点と合わせてどうかと衝突がある。でも、あなたがいないと...という二者関係のレベルって、単発または短期間プロジェクトでは難しいですね。プロジェクトを超えた、生身の関係づくりなしでは成り立たない、と改めて気付かされました。
さき:川地さんの応答をうけて、どっちかというと「わたしの弱さを自分で受け入れられるか」という言い方が適切かなと思いました。社会が変わらないとか、自分で責任を取らないといけないが染み付いているときに、そんな自分に開示しないし、自分でやったほうが早いと思ってしまいがち。なので、弱さや至らなさを含めて自分だと受け入れるところから、他者の必要性を感じはじめる。そこから社会は輪郭を帯びるのかもしれないなと。わたしはコレ苦手なんですけど笑。
石塚:欧州に住んでいたときに思ったのは、ひとりひとりの人種や親のバックグラウンドなどが全然ちがうので、自分のアイデンティティをどこにもつかを考えたり、自分と他者はどう違うかを知っている人が多い。ひととの差異、自分がもっていないものを認め受け入れるって日本では起きづらいのかな、と思いました。
川地:弱さは人間観にもろに関わってきますね。自己確立は大事だけど、行き過ぎた自己になっていると思います。たとえば、コンビニってある種、都市生活ではインフラで、ないと困る=支えてもらっているわたしがいるけど「わたしがコンビニを使っている、お金を払ってコントロールする」存在になっている。店員さんに挨拶すらしないのは象徴です。いかに色んなものに支えられているか、見えなくなっている。
支えられているだけではなく、常にいやおうなく周りから影響を受けざるを得ない弱さもあります。ぼくがもうひとつ運営している法人Deep Care Labの共同創業者が子育て中なんですが、家庭の状況が活動や精神状況にも影響してくるので、家庭と仕事と切り分けられないですよね。彼女が大変そうなときにぼくも影響受けるし、そのくらい自分も相手も弱い存在であることが前提で必要です。
さき:最近かおると話していた、贈与されているけど気づかない、ってところにつながりそうだなあ。
かおる:次回のプログラムのテーマが「暮らしの手触り感」といったもので。東京から東川町に移住して、すぐ漏電とかトイレ動かなくなるしとか、東京では起きない出来事が起きてて、いかにインフラが整っているところで生活していたかを、不便になって気づきました。自分が何に支えられて生きているかが、都市生活では見えづらくなっているんだ!って。お金で解決できると思っていたけど、そんなことはなかったです。お金かせぐ=豊かという価値観は、「社会をかたちづくる意義」にもお金を求めるので社会参画もなくなり、インフラが止まってしまう等のお金でどうしようもないことだってある、という想像力もなくなる。だから、わたしたちは目の前のパソコンにしがみつくのかなと思います。いろんな前提がコントロールできるように進んでいるから、自分ごとになっていないって、ありそうだなあと感じています。
川地:丁度いま、Deep Care Labで贈与にまつわる研究をしていて、贈与に気づくワークキットをつくってました、コレ見せたかっただけですが笑。ただ、いかに日常の中であらゆるものに支えられているかって、弱さへの自覚でもあり、他者の必要性の肯定でもあり、しかし今の社会でそれに気づくには、想像力が必要だと思うんですよ。
川地の贈与への想像力をはぐくむワークキット
石塚:最近、「贈答の日本文化」という本を読んだのですが、お金じゃないものをシェアする豊かさってありますよね。クリエイティビティが経済価値にしか行き着かない話も「お金で解決できる」という基準から生まれてきているのかな。クリエイティビティもコントローラブルになっている、と言えるかも。
川地:その前提がおかしなものですよね。クリエイティブと言うけど、ゼロから生まれるものはあり得ないはずです、常に先人が生み出した知に何かをかけ合わせなければ始まらないし。先人や天からの贈与とは切ってもきれないのに。
富樫:成長して資源が分配され、全体が豊かになるよね、ってわかりやすく思考停止している状態で、それぞれが弱さを自覚して助け合えるのであれば、成長っていらないんじゃないかな。でも助け合うほうが難しくて、売上あげるほうが簡単だから、問い直しが起きないのだと思います。
かおる:"自分も弱い立場"にたつ可能性を前提において、社会をつくったほうがいいですよね。「フォルケに来ているひとは、4ヶ月働いてないけど社会的に認めていいんですか?」とデンマークの先生に聞いたら「人口の何%が働かなくても社会に影響はないよ。自分にあった道をみつけ元気に表現したい人が学んだ出口として、4ヶ月の終わりに社会にもどっていく。働く中でまたわからなくなることはあるので必要ならフォルケに戻ってくる。そこは循環するので、勝ち組負け組の固定ではなく、いつでも弱い立場になるうえで生きる仕組みをつくらないと、しんどくない?みんな人間なんだから、強いところも弱いところもあるんだから!」といってました。
他者とのプロジェクトを通じたわたしの問い直しと、社会への手触り感
さき:いやー、ここまで課題意識しぬほど揃っているので共通言語も在るな、と思いましたね笑。ちょっと話をかえて、前向きに一歩すすむために何ができるかな、と一緒に話せたら楽しいかも。社会の手触り感や弱さの循環、地域の拠点でできることなど何でも!
富樫:話つながらないかもですけど...ぼくパートナーとふたりで年間をクォーターに分けてカリキュラムつくってて、定期報告してるんです。でも最近、学びの軸=探求テーマや今の大きな問いがないと身が入らないと話しました。自分にとっての問いを設定できると世の中が違って見えてくるじゃないですか。それが、働いているとなかなか見つけられない。
富樫の学びカリキュラムwithパートナー
川地:たしかに、問いを持っている人ってどれだけいるんですかね。
さき:自分のためだけの時間をもつ人すくない印象です。弱さと全体性と創造性は背中合わせなので、アーティストだけではなく、生活者としての表現って心の機微につながっていますよね。炭鉱のカナリアとして社会に呼びかけるって、余白がないと難しいのかな。
石塚:わたし足立区民なんですが、いま自主プロジェクトで地域のシェアコンポストの計画づくりをしてます。で、他の人はこう思っているけど、わたしはこう思う!と、一歩踏み出しながら実践のなかで内省をしています。プロジェクトを通じて、手触り感も育まれるし社会への接続が生まれるんじゃないかなと思ってます。(参照: プロジェクト駆動の民主主義・自らのプロジェクト)
川地:余白っていうと断絶した時空間のように感じるもんなあ。それももちろん必要ですが、走りながら自らに向き合う機会をつくることも可能ですよね。公共とデザインとしては生活の中で実験が生まれていくリビングラボに取り組んでいきたいんです。日常の困りごとや望ましさだったり「家庭から生ゴミでるからちょっとコンポストやらない?」「なんか子育て大変だなあ、助け合いたい」という呼びかけや弱さの共有から、その種を土壌に撒き、かたちにしていく。その中で自分たちでも出来るじゃん!となり、助け合えるネットワークもできていく。これが理想。
最近「人類学者たちのフィールド教育」を読みました。フィールドとは現場ですが、人類学で重要なのは外から客観的に観察して記述ではなく、内側に立って、自分もともに変容していくことです。異質な他者との関わりから、なじみの切断=自分が思っていた当たり前が覆される経験があり、わたしを問い直す。こうしたこと東川でもやれるといいですよね。
かおる:共通目的があるといいのかな。1:1であなたにこうしてほしいってきついけど、生ゴミどうする?という文脈のなかで関わり方を変えていくと入りやすい印象です。つくるって大事ですね、頭で考えすぎてて手を動かすが最初に来るから。いまは言語優位になっていますが、つくるなかで創らされる身体感覚を取り戻すことも手触り感に通じます。実験する共同体のなかで、みんなの違和感から実験が生まれ面白い学びにつながっていくんだと思いました。
川地: さて、そろそろ時間なのですが、かおるさんから丁度いいまとめをしてもらったので、コレ以上の締めは必要なさそうです笑。いや〜、時間たりないですね、、お話できてとっても楽しかったです!
さき・かおる:ありがとうございました、ほんと時間がもっとほしい笑。ぜひ、東川あそびに来てください!
石塚・富樫・川地:おふたりとも、ありがとうございました。目指したい方向性も近いし、なにかぜひ一緒にやっていきたいですね。COVIDもあるので状況次第ですが夏頃、あそびにいけたら気持ちよさそうですねえ〜!
対談を振り返って
対談、いかがだったでしょうか。お話を通じてお二人の考えがとても素敵だし、公共とデザインの目指したい世界に通ずるところばかりで、豊かな時間でした。異なる他者となんとかやりくりする、自分のなかの自然体を理解しておく。弱さを受け入れる。今回のお話から、これらを必要な知として位置づけないと社会は回っていかないと改めて感じました。学びと民主主義の文化装置のみならず、ある種のアジールとしてフォルケホイスコーレが存在している、という事実はデンマークの社会自体が弱さや余白をうまく取り入れたシステムとして構築されていることを意味しています。が、日本にそういった弱さにひらかれた場は少ないように感じます。Compathのおふたりが取り組まれているのは、こうした異なる社会の想像であり、実装なのでしょう。
今回のおはなしに関連して、みなさんにも考えてもらいたい問いを投げかけます。
あなたが「今、振り返るとこれって民主主義の瞬間だったな」と思う日常のシーンはどういったものでしたか?
あなたが「他者との対話」を諦め、放棄してしまったことを思い出してみましょう。なぜ、諦めてしまったのでしょうか?
おわりに: Compath Dialogue Dayについて
また、6/6(日)の10:30-17:30より、Compath Dialogue Dayと題して、フォルケホイスコーレや問いを対話するイベントが開催されます。創業1周年の節目として、フォルケ・市民の社会参画・デザイン・豊かさ・学びのあり方を思索するオンラインイベントとなります。公共とデザインの川地も登壇いたします。お時間在る方は、是非おきがるにご参加していただければ嬉しいです。
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