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特別な日
【ラジオ体操285日目】
『ニコチンレス生活6日目』
こんばんは。
もうすぐ誕生日を迎えるけれど、若くいたいので、いつからか誕生日が来るのが嬉しくなくなっているコマリストです。
今日は『記念日って誰のためにあるの?』というテーマで書いていきたいと思います。
誕生日、結婚記念日、建国記念日、創業記念日などなど、記念日といっても個人レベルのものから国レベルのものまで様々です。
皆さんには、必ずお祝いしている(されている)記念日がいくつあるでしょうか?
私はもうすぐ〇歳の誕生日を迎えますが、気持ちだけはずっと”ハタチ”だと言い続けているので、正直あまり特別感がありません。
というより、どちらかと言えば憂鬱です(笑)
とはいえ、本人にとってそんな扱いの日も、ありがたいことに祝ってくれる人がいますよね。
今日は、誕生日という特別感を感じられない日を、感謝の気持ちで迎えられることに感謝しないといけないなというお話です。
”永遠のハタチ”同志の皆様、忌々しいあの日の話を斜に構えて読んでみて下さいw
誰にとっての特別か
さて、大人になってこんなひねくれた性格になってしまいましたが、昔は純粋だった頃もあります。
ありがたいことに、私の両親は今も健在で、この歳になっても誕生日を祝ってくれます。
そんな幸せな家庭で育ったので、幼少期は自分の誕生日が大好きでした。
1年の中でも、自分だけがヒーローとして扱ってもらえる特別な日は、誕生日くらいしかありません。
目立ちたがり屋で、甘えん坊だった私が誕生日を嫌うはずもありません。
もちろん、プレゼントが貰えるから好きだったというのもあると思います。
でね、大人になった今、歳を重ねることそのものにはそんなに大きな価値があるとも思えません。
#むしろ無いかも
#歳をとりたくない
そんな年齢になってしまったからこそ、少しだけ考えることがあります。
それは、
「誕生日って、誰にとっての特別なのか」ということ。
生まれてきた本人は、生まれた当日に何かを頑張った訳ではありません。
ただ、出てきて泣いただけ。
この事実に対して、”特別”という意味をつけたのは、やはり両親だと思う。
両親のうち、特に母親はそれこそ死んでしまうんじゃないかというレベルでイキんで、出産をしてくれています。
頑張ったんは、母親でしょ。
ということは、年に1度くる自分自身の誕生日というのは、〇年前に頑張って自分を生んでくれた母親への、心配して駆けつけた父親への感謝を伝える日だと思う。
なので、noteの投稿365日を達成する”その日”には、両親に感謝を伝えに行こうかなと思います。
祝って貰えるという幸せ
さてさて、ここまではこの世に生まれた全ての人に共通するお話でした。
ここからは個人的なお話です。
私には6年前から、私の誕生日を私以上に喜んで、祝ってくれる人がいます。
この人は、私の成長を心から願い、たくさんの教えと、たくさんの学びをくれる、心から尊敬出来る大切な存在。
そんな人が1人でもいてくれるということは、本当にありがたい事だと思うし、感謝すべきだと思います。
あ、けど直接は伝えないです。
相手は歳上なので、歳は永遠に追いつかないのに歳が近づいたと伝えるのもなんだか失礼な気がするし(笑)
でね、冒頭に書いた通り、私にとっての誕生日は、忘れてしまいたいほどに特別感が無い普通の日なんです。
そんな普通の日を、本人よりも大切にしてお祝いしてくれる。
もちろん、両親と同じように、〇年前のあの日に頑張った訳でもない。
ということは、私が生まれた日だという事実そのものを特別だと認識してくれていて、年齢がひとつ上がることを心から祝ってくれている。
これ、そんなに簡単なことじゃないと思いませんか?
友人であっても、毎年互いの誕生日を祝い合うという習慣はあまりないはずです。
#単発の誕生日会はある
#そんなに何年も連続しない
それなのに何年も何年もSNSでテンプレのお祝いメッセージを投げるのでは無く、しっかりと祝ってくれる。
これは、『私の存在そのもの』を祝ってくれているような気がして心が震えます。
私にとっての”この人”のような存在は、きっと皆さんにもいると思います。
友人なのか、恋人なのか、家族なのか、それ以外なのか。関係性は人それぞれだとは思いますが、そんな相手を本当に大切にして下さい。
100%信頼し、心を許せる存在。
人生を通して、そんな相手は何人も巡り合わないと思います。
そんな相手に、もしもすでに出会っているのに、感謝することもなく何も返せていないという場合、相手の誕生日か、自分の誕生日を利用してアクションを起こしてほしい。
『自分の存在そのものを祝ってくれる人』
両親以外でそんな相手と巡り会えていたら、本当に大切にして欲しいんです。
きっと、自分自身をより強くして、人生をより豊かにしていくことにつながります。
とはいえ、私は照れくさいので、noteという場を借りて、伝えようと思います。
いつも本当にありがとう。
じゃ、またね!