【第6回】 再生医療安全推進機構セミナー『再生医療における政策立案の落とし穴・現場の声の不在とその影響』レポート ~後編~
皆さんこんにちは。再生医療安全推進機構のマサニャンです。
前回の中編に引き続き、2024年5月31日(金)~6月2日(日)に熊本城ホールで開催された、第24回日本抗加齢医学会総会において再生医療安全推進機構に所属する【劉 懐旭】が行ったイブニングセミナーレポート~後編~をお届けします。
前回までに、再生医療業界の現状と問題点、またそれに対する解決策が挙げられました。では、今回は具体的なお話に進みましょう。
上清液とエクソソームに関する政策立案
一つ目のケーススタディは、業界の注目を集めているエクソソームや上清液を用いた新しい治療法に関する政策立案です。
上清液およびエクソソームの基礎
まずは、上清液およびエクソソームの基礎からお話しします。
上清液は、細胞培養に使用された溶液の上澄み部分で、細胞の活性に有効なサイトカインやエクソソームなどが含まれています。培養上清液の種類は、一般的には幹細胞が使用されており、原料となるのはヒト由来の脂肪組織や臍帯組織、骨髄組織などです。
エクソソームは、生体内の細胞や培養中の細胞が産生、放出する直径40~150ナノメートル程度の細胞外小胞です。エクソソームは、内部にタンパク質やRNAなどの分子を含んでおり、これらが他の細胞に取り込まれることで、細胞間のコミュニケーションが行われます。また、組織の再生や修復にも関与しており、再生医療において注目されています。
これらの技術は将来多くの病気や損傷の治療に役立つ可能性がありますが、現時点では安全性や有効性の確認が不十分なため、慎重な利用が求められます。
上清液およびエクソソームの市場現状
2023年の上清液およびエクソソーム市場は約3億円とされ、2030年までに大幅な成長が見込まれています。成長要因には、消費者の認知度向上や治療実績の増加が挙げられますが、安全性への懸念が市場成長の阻害要因となっています。
市場は主に3つの用途に分けられます。
化粧品用途(42%):美肌やアンチエイジング効果を目的に使用。
美容用途(27%):クリニックでシワ改善や育毛に利用。
治療用途(32%):関節痛や不妊治療などに使用。
上清液およびエクソソームの市場は急速に成長しており、多様な用途で利用されています。
市場の拡大も期待されていますが、現状はまだ小さな市場であり、その中で増えているというだけで起業家・企業に特段の変化はありません。
上清液およびエクソソームの問題点
法規制の対象外:上清液やエクソソームは細胞を使用していないため、現行の「安全性確保法」の対象外。
製造環境の不備:一部の施設では、クリーンルームを持たず、一般的な研究室環境で上清液やエクソソームが製造されています。このような環境では、無菌試験やエンドトキシン試験などの安全性試験が十分に行われていないケースが見受けられます。
品質管理の問題:他家細胞の培養液を使用しているにも関わらず検査未実施、など安全性確保の問題。例えば、牛胎仔血清(FBS)など安全性の低い培地を使用している場合があり、成分検査が不十分なことから、不純物やマイコプラズマが検出されるリスクがあります。
広告の誤導:上清液やエクソソームは、再生医療の技術として広告されることが多く、消費者に誤解を与えることがあります。効果や安全性を誇張した広告表現が使用されている医療機関がほとんどです。
投与方法のリスク:特に、静脈内注射の場合、最悪の場合死に至るリスクがあります。現状では、これらの投与方法に対する規制がなく、安全性が懸念されます。
市場参入の容易さ:規制がないため、誰でも自由に上清液やエクソソームの治療や製造を行うことが可能です。
このような現状では今後の再生医療の未来が危険だと警鐘を鳴らすしかありません。
日本再生医療学会のガイドライン
この状況を踏まえて、2024年4月、日本再生医療学会は細胞外小胞等の臨床応用に関するガイダンスを発表しました。
その内容の要点は、以下の3つに焦点を当てています。
リスク・プロファイリング:臨床応用におけるリスクを特定することが重要です。代表的なリスクには、感染症の伝搬、免疫反応の発生、不純物の混入、期待される治療効果の欠如などが含まれます。これらのリスクに関与する危険因子を特定する必要があります。具体的には、原料の調達方法、調製工程、輸送および保管の方法、さらには投与方法まで、各段階での危険因子を明確にします。
調製工程と品質管理:上清液やエクソソームの調製工程では、無菌操作が極めて重要です。感染因子や不純物の混入を防止し、バッチ間の品質ばらつきを管理することが求められます。品質管理の基本的な考え方は、「再生医療等安全性確保法および薬機法の基準に準じた管理を行うこと」です。具体的には、動物由来成分を含まないXeno-free培地を使用し、調製工程を標準化して規格を設定します。
安全性と有効性の評価:EVの形状・サイズおよびマーカー分子の証明が必要です。これには、Nano-flowcytometryや免疫電子顕微鏡などの手法が用いられます。対象疾患に対するEVsの有効性のin vitroおよびin vivo評価を行います。モデル動物を使用して、投与されたEVsが標的細胞や組織に到達するかどうかをトラッキングし、投与量と安全性・効果の関係を確認します。
ガイドラインの限界と課題
これに対して、現場から見るガイドラインには、大きな問題があります。
ガイドラインは法的な強制力を持っていないため、法的な認知が不足しています。
これは、ガイドラインが学会によって発表されているためであり、行政機関による法規制ではないからです。日本再生医療学会は、確かに権威ある団体ですが、行政機関ではありません。したがって、公式な法規制を施行する力がないため、ガイドラインを遵守しない業者に対する規制や罰則が設定されていません。悪質な業者が自由に活動することを防ぐ手段が欠けています。これにより、ガイドラインの実効性が制限されます。
ガイドラインの品質管理要件が非常に厳しく、多くの業者にとっては実現が困難です。
例えば、エクソソームの製造に関する品質管理では、免疫電子顕微鏡や動物実験評価などが求められ、その実行には高いコストと専門知識が必要です。正直に言いますと、特定細胞加工施設の許可を持った施設でもすべての基準にクリアできない可能性が非常に高いです。
ガイドラインを利用して誤解を招く広告や宣伝が行われるリスクがあります。
例えば、「わが社の製品は日本再生医療学会のガイドラインをクリアしているので安全です」というような広告が一般消費者に誤解を与える可能性があります。これは、消費者が学会のガイドラインを公式な承認と誤解するためです。
認定再生医療等委員会
次のケーススタディは認定再生医療等委員会についてです。
再生医療等安全性確保法の施行現状
令和5年12月31日時点で、全国では再生医療等の提供計画を審査するために、88件の認定再生医療等委員会と、75件の特定認定再生医療等委員会が設置されています。
また、再生医療に必要な細胞を培養・加工する施設についても、全国で許可を受けた細胞培養加工施設が74件、届出を行った施設が3,466件存在しています。
再生医療等提供計画の審査に関しては、次のような状況が報告されています。
第1種再生医療等提供計画では、全国で治療計画が7件、研究計画が16件。
第2種再生医療等提供計画では、治療計画が1,571件、研究計画が43件。
第3種再生医療等提供計画では、治療計画が3,898件、研究計画が42件。
問題点
再生医療等安全性確保法の施行により、各地域での委員会活動や細胞培養加工施設の整備、再生医療提供計画の審査が進んでいますが、委員会の審査過程における明確なガイドラインはまだありません。厚生労働省は現在、認定再生医療等委員会の実務を支援するためにガイドラインを検討しています。
ガイダンス草案のポイント
ガイダンス草案では、次の点に注力しています。
委員会の設置と構成:法に基づいて適切に設置され、構成要件を満たすこと。
事務局の実務:申請書類の受付、確認、審査通知までの手順が詳細に示され、透明性の確保が求められます。
委員の教育と研修:継続的な教育と研修が提供され、その記録が適切に保管されます。
審査結果のフォローアップ:審査結果の記録と提供計画の実施状況を継続的にモニタリング。
しかし、現場の声をもっと反映すべきです。
医療現場の状況
東京都内のあるクリニックでは、組織採取から1ヶ月以内に20億以上の間葉系幹細胞が培養され、一回投与すると「一生効果がある」とカウンセリングしています。主にインバウンド向けのサービスですが、いくつかの疑問が生じます。
1ヶ月以内に本当に20億以上の幹細胞が培養されているのか?
細胞の品質はどう検証されているのか?
生存率や選択性の検証はどこで行われているのか?
20億の幹細胞を一回で静脈注射する場合、安全性はどうなのか?
本当に効果が一生続くのか?
新しいガイドラインが正式に出されても、こうした問題が解決されるとは限りません。提供計画の検証場所もなく、認定再生医療等委員会の審査業務に監視体制が不十分な状況です。現場の声が政策立案に反映されていないのではないでしょうか。
提案される解決策
再生医療の安全性と有効性を確保し、審査の公平性と信頼性を向上させ、患者の利益を守るために、次の実施可能な解決策を提案します。
患者から直接フィードバックを受け取るためのプラットフォームを設置。
特定認定再生医療等委員会間で協議会を設置。
再生医療提供医療機関の現状を把握するため、症例数が多く模範的な医療機関を選定し、聞き取りディスカッションを行うためのガイドラインを作成。
最後に
セミナーの最後は「再生医療安全推進機構」の紹介で締めくくられました。
同機構は、2023年4月に「再生医療が安全に提供される社会の実現」を目的に設立されました。再生医療に関する信頼できる情報を提供するウェブサイト「再生医療相談室」の運営や、LINE公式サイトを通じて一般の方々からの質問に対応しています。
また、2023年11月には、再生医療の現状に警鐘を鳴らす著書『再生医療の死角』を刊行し、メディアを通じて正しい情報の発信を行っています。
再生医療に関してご相談やご質問があれば、ぜひ「再生医療相談室」をご利用ください。皆様の安全な再生医療をサポートするために、私たちが全力で対応いたします。