敗走
忘れ去られた古代神殿に踏み込んだ狂戦士"カルネージ"たち一行は、最深部から「覇者のメダル」を探し出した。ハーフリングの盗人"ピクセル"が罠の解除に取り掛かろうと手を伸ばした時、最後にして邪悪な罠が既に作動していた。
部屋の奥、光も差し込まぬ闇の中から巨大な守護竜が顔を覗かせた。その首は長く、まるで大蛇の様にうねうねと蠢いていた。
瞬時にピクセルが跳び退き、カルネージと"テンペスタ"の狂戦士2人と戦士"ヴラウズ"の3人で前衛を固めた。後方ではエルフの魔術師"ディプトル"が攻撃魔法の詠唱を始め、その側で僧侶"イン・チー"がいつでも回復術が使えるように身構えた。
臆病なピクセルは戦闘に参加できず、少なからず彼の劣等感となっていた。
竜の力は強大で、前衛の3人は傷だらけになりながらも、なんとかその役割を果たしていた。
不意にディプトルの爆裂魔法が発動し、竜の頭半分を吹き飛ばした。竜はのたうちまわり、勝負は決したかに見えたが、どうやら何らかの魔法で守られている様で、少しずつ回復している様だった。
「逃げるなら今しかない」そう思い、カルネージが叫んだ。
「撤退だ!」
前衛の3人が竜に背を向けると、そこにはディプトルが倒れており、イン・チーが弱々しく回復術を唱えていた。イン・チー自身も血だらけで、彼も無傷ではない様だ。
「どうしたんだ!」
「突然爆発して、ディプトルとイン・チーが巻き込まれたんだ!」
側でオロオロとしていたピクセルが答えた。どうやら自分で制御できない程の強力な魔法を使い、溢れ出した魔力は術者自身に跳ね返った様だ。
動けないディプトルをヴラウズが抱え、イン・チーが回復をし続けた。6人は足を引きずり、痛む身体を堪えながら出口へと向かった。ピクセル以外の5人は誰もが重症で、そう遠くない先に、回復した竜に追い付かれ、全滅してしまうだろう。
突然カルネージが立ち止まり、5人に向かって言った。
「お前ら、先に行ってろ。このままじゃ全滅しちまう」
誰も気付いてなかったが、左足を痛めており、歩くのも辛かったのだ。
「バカ言え!帰る時は全員一緒だ!」
テンペスタが怒鳴る。彼らは2人とも北部人ではあるが、昔から仲の悪い村どうしの出身で、普段から喧嘩ばかりしていた。
「いいから急げ。ディプトルが危ねぇ。早く街で手当てしてやってくれ。なぁに、心配する事は無ぇ。俺も直ぐに帰るさ。いつもの酒場でラム酒でも頼んでおいてくれ。アイツらの事はお前に任せたぜ」
現状を冷静に考えなおすと、テンペスタは渋々引き下がった。
「おい、ピクセル」
カルネージが側で萎縮していたピクセルに声をかけた。
「ここを出ても街までは遠い。魔物や賊がおとなしく帰らせてくれる訳が無ぇ。少しぐらい遠回りしたっていいから戦闘は避けろ。ここから先はお前の洞察力と直感が頼りだ。」
先程まで伏し目がちだったピクセルの瞳に力が戻っていた。
「俺、やってみるよ」
「お前なら出来るさ。信じてるぜ」
普段は険しいカルネージの表情が、この時は少し優しげだった。
5人が支度を整え、出口へ歩き出そうとした時、カルネージが声をかけた。
「おい、テンペスタ」
「ん?なんだ?」
「ラム酒はお前の奢りだぜ」
カルネージの口元から小さく笑みがこぼれた。
「ふん、そんな物、樽ごと奢ってやるぜ。だから、料理が冷める前に帰ってこいよ。6人で乾杯しようぜ」
テンペスタも微笑み返す。
2人は拳を握り締め、正面で軽く打ち合せた。北部人が互いの武運を祈る仕草だ。
「西の村のクソったれどもの中にも、良い奴がいるもんだな」心の中でそう呟きながら、出口へと向かう仲間たちを見送った。
5人が見えなくなると、カルネージは身体中の痛みを押し出そうかとする様に、大きく息を吸い込んだ。
不思議と痛みが和らいだ気がした。闘争に生きる者特有の、ある種の回復術だろうか。
意を決すると、彼は迫りくる竜の方へ向き直った。驚くことに、この短時間で、致命傷とも思えた程の竜の大きな傷が回復していた。よほど強力な魔法で守られているのだろう。竜が近付くにつれ、細部が見えるようになった。頭自体は完全に治っていたが、角は砕けたままだ。あれほどの立派な角が生え直るには数十年はかかるだろう。
カルネージは、眼を赤々と燃やし怒りに打ち震える竜と真正面から対峙した。
「これで周りの奴らを気にせずコイツを振り回せるってもんだ」
神殿の隅々まで届くかという程の大声で叫ぶと、彼は背中の愛剣“ブレイカー“に手を掛け、挑発する様な仕草で竜を招いた。
「さあ、遊ぼうぜ」