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真夜中の行進

此処は何処だろう?
俺は誰だろう?
何も思い出せない…
気がつけばこの、匂いも音も無い荒野に佇んでいた。見渡す限りの地平線。時間や方向の感覚が薄れ、少しずつ意識が遠のいていく。

 長い時が経っただろうか。それとも短かかっただろうか。何処からともなく、微かに音が聞こえる。それは右側から聞こえてくる様であり、左側から聞こえてくる気もする。
音は近付いてきており、少しずつ大きくなるにつれ、それは楽しげな音楽である事に気付く。不意に何かの気配を感じ振り向くと、人か化け物かも判らない異様な姿をした者達が楽しげに踊りながら行進していた。
 それらが俺の側を通り過ぎた瞬間、子供の頃からの楽しかった記憶が順に思い出され、それは隣国との領地を巡る争いで敵兵に斬り倒されたところで終わっていた。

 俺の生まれた村には言い伝えがあり、争い事で亡くなる人は最後に亡者のパレードの夢を見るそうだ。
その際、生前のその人の本性が具現化した姿へと変わり、善人だった者が醜い姿に、悪人がか弱い小動物へと変異する事もよく有る事だそうだ。
そのパレードに加わると、黄昏の荒野を経て忘却の地へと誘われ、二度とこの世に戻って来れないらしい。

 こいつ達について行っては駄目だ。俺はまだ生きたい。村に残してきた最愛の妻や、可愛い娘を放って逝くわけにいかない。
俺はその場に踏み止まった。

 音楽が少しずつ小さくなり、異形の者達の列が少しずつ遠のいて行く。この荒れ果てた地に一人取り残される漠然とした不安が、急に大きく膨れ上がる。
「おーい、待ってくれ」
ありったけの大声で叫ぶと、俺は6本の触手をウネウネと脈打たせながら、彼らの列を追いかけた。

 隣国との領地争いは終わる気配を見せない。パレードの列はまだまだ伸び続ける事だろう…

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