西へ!東へ!
三つ首峠の出口まであと少しというところで、若き魔術士は脚を止めた。先ほどから、何故か森がざわついている気がしていた。周りを見回しても、特に怪しげな物は無さそうだ。頭上に眼をやると、無数のカラスが飛びまわっている。
「なんだろう?あんなに沢山で、何をしてるのかなぁ?」
もう街までそう遠くはない。いつもこの時間帯は、カラスたちは残飯などを目当てに街にたむろしており、この辺りは落ち着いている筈なのだ。
何気なく足元に眼をやると、石ころの影で、何やら小さなものがモゾモゾと動いていた。それは1匹のカエルだった。
「なんだ?こんな水場から離れた所で、何をしてるんだい?カラスどもは君を目当てに騒いでいたのか」
彼はそう言うと、腰に下げた革ポーチを開け、中に入っていたオアス草の束を一握り取り出し、惜しげもなくその場に捨て去った。山菜や薬草を求めて山を徘徊し、もう2日も誰とも会っていなかった彼はこの時、貴重な薬草より話し相手が欲しかったのだろう。
「さあ、ここに入りなよ。僕が町外れの溜池まで連れてってあげるよ」
足元のカエルをそっとすくい上げ、隙間のできたポーチに入れ、パチンとフタを閉じた。
彼は、街角のパン屋のライ麦パンが美味しい話し、山の天候の話し、隣に住むベゼル爺さんのイビキがうるさい話し等々、何気ない話しを街へ着くまで喋り続けた。
彼は気付きませんでしたが、実はこのカエルこそ、悪しき魔術師により姿を変えられた、西の大国"フランジュール"の第一王子その人だったのです。
こうして、駆け出し魔術士とカエル王子の、長く険しい旅が始まったのでした。
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