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「小説家のサガって何?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十六)丸山健二

 アカゲラとアオゲラの二種類のキツツキがしばしばやってきます。なんとも気紛れな訪問で、季節を問いません。

 少しばかり見た目がいいからといって、必ずしも大歓迎というわけにはゆきません。それというのも決まって悪さをするからです。樹木の表皮の裏側に巣くっている虫をほじくり出したり、ドラミングによって縄張りを主張したり、異性を惹きつけたりする行為は一向に構わないのですが、しかし、幹に大きな穴をあけて巣作りをすることは絶対に止めてもらいたいのです。

 立派に育て上げたコハウチワカエデを上機嫌でつつき回していたと思うと、半日も立たないうちに深い穴を掘ってしまい、慌てて追い払いました。そしてその穴を木工用のパテで埋めたのですが、残念ながら手遅れでした。日が経つうちに弱ってゆき、枯れ枝の数が増えて、翌年には根元から切り倒す羽目になったのです。

 さらに厄介なのは、敵は次に我が家の木製の外壁に目を付け、朝っぱらからスココン、スココンとつつくのです。室内に響き渡る音ですぐにわかりますから、急いで外へ飛び出し、腕を振り回して異議を唱えます。すると相手は、人を小馬鹿にしたような、というか、本当に舐め切っているのでしょう、「ケケケケッ、ケケ」というなんとも特徴的にしてふざけた鳴き声を残して飛び去り、ほとぼりが冷めた頃、また性懲りもなく訪れるのです。

 何せ相手は暇を持て余している御身分ですので太刀打ちできません。この分ではいつか奴らが巣くってしまいそうで心配です。

 動物に対して異常な愛情を示す妻ですが、さすがにむっとしたのか、キツツキの襲来に気づくたびに怒鳴っています。といっても、「駄目、そんなことしちゃ!」を連発するだけなので、相手は痛くも痒くもありません。そこで私は「駄目って言ってわかる相手じゃないだろうが」と文句をつけ、「石でも投げてやれ」と焚きつけるのですが、今度は「駄目、そんなことしちゃ!」がこっちへ返されるばかりで、まったく埒が明きません。

 外壁をつつく鳥の正体を知らない、タイハクオウムのバロン君は、根が臆病者ですから異音が収まるまで身を硬くしているばかりで、これまた何の役にも立たないのです。

「あいつらよりおれたちのほうがましだろうが」と鳴くのはカラスです。

 そして、「そう思ったらカラスを毛嫌いするんじゃないぞ」とつづけるのです。

 その手の抗議にいちいち深い意味を読み取ろうとするのは小説家のサガでしょうか。

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