見出し画像

「迎賓館」に呼ばれた日

私には「迎賓館」を持つ先輩が一人だけいる。
20歳ほど年上で、ある業種を原点に、その周辺事業を多数の会社で経営する本物の経営者だ。
おそらく、私が定期的に合う人の中で、一番リッチな先輩だと思う。
今回はこの先輩(以下、Uさん)について書き綴っていく。

出会った翌日にドン引きした話

Uさんとはじめて会った日。
まだ、私が20代中盤だった頃だと思う。
実は、この時にどんな話をしたのか覚えていない。
10数人の会合の後、宴席でのことだ。

驚くべきことが翌日に起こった。
何と私の会社に「胡蝶蘭」が届いたのだ。
もちろん、送り主はUさんの会社。
驚いた。
いや、正直、ドン引きした。

私はまずはUさんの会社へ電話をした。
送り主はUさんの会社だったからだ。
しかし「社長はいません」「会社にはいつ出社するか分かりません」とスルーをされてしまった。
この時は「胡蝶蘭のお礼」を伝えてもらうようお願いし、電話は終えた。
その後、数回電話したが、同じことの繰り返しだった。
おそらく、電話を繋いでもらえることはないと分かった。

この一連のことに、若い私は少し苛立った。
突然、胡蝶蘭を一方的に送って来て、電話は繋いでもらえない。
私は知り合いを通じて、Uさんの携帯電話の番号を聞き出し、直接電話をすることにした。

最初に合った時のことは、あまり覚えていない。
しかし、この時のことは、しっかり覚えている。
胡蝶蘭について、お礼を言ったこと。
胡蝶蘭にドン引きしたこと。
Uさんの会社の名前で胡蝶蘭を送ってもらったので、私が会社を代表して電話したのにも関わらず、直接お礼すら言わせてもらえなかったこと。

――― 胡蝶蘭を貰っておいて、7割くらいはクレームだった。

お互いの印象は、あまり良くないスタートだったと思う。

ちなみに、Uさんは「はじめて会った人には必ず胡蝶蘭を贈る」らしい。
私以外の人も、みんな驚いた経験があるようだ。

次に会った時

Uさんと次に会ったのは、会員制のステーキハウスだった。
会員でもなかなか予約が取れないと噂の店に、空き席ができたとのこと。
ようするに、同伴予定者にキャンセルを喰らった悲しい知人からの誘いだ。

ここでUさんと再会した。
偶然にもカウンターテーブルの隣の席だ。

最初は当たり障りのない話をしていたが、気づいたら一緒に来た客のように盛り上がっていた。

そして、「若い人たちと呑みたい」と言っていたので、胡蝶蘭のお礼にと、私が宴席をセッティングすることなった。
この時点で、私は当然「若い女性」を御所望なのだと勘違いしていた。

私は、コンパを開催するノリで呑み会を開催した。
しかし、Uさんは若い女性と話が盛り上がっている感じがない。
心配になった私はUさんに声を掛けてみた。

――― そこで知ったこと。

Uさんには一人息子がいること。
その息子がミュージシャンになると言って沖縄へ行ったこと。(なぜ沖縄なのかは不明)
息子には会社に入って欲しいということ。
今の息子を会社に入れても、後継者としての心構えは全くないということ。

ようするに「息子に会社を継いでもらいたい」という悩み事だった。
それで「私と同世代の経営者」と話をしたかったらしい。

――― 大きな勘違いだった。

若くて馬鹿な私は、安直な考えで若い女性との宴席を設定してしまった。
若くて馬鹿な私でも、このような痛恨のミスは恥ずかしい。
今更だが、この時、Uさんに対する考えを改めた。

迎賓館に呼ばれる

ある日、Uさんから「特に用事はないけど話がしたい」と呼ばれた。
指定された場所は「会社の福利厚生施設」とだけ聞いていた。

しかし、現地について驚く。
かつて足を踏み入れたことがないレベルの高級な別荘施設。
そして「迎賓館」という記載。
薄々気づいてはいたが、Uさんは私などとは次元の違う金持ちだと確信を持つ。

足を踏み入れてからも驚きは続く。
入り口には、本物にしか見えない虎のオブジェ。
各所には、大きい絵画。
謎に高級なオーラを発する壺。
さらには、明らかに高貴な雰囲気を漂わせた出張シェフと思われる人物。

――― 本当に「迎賓館」というものは存在した。

ドラマや映画に出て来る「金持ちの表現」はオーバーなものが多いが、その迎賓館はそのイメージそのものだった。
ドラマや映画で出て来る意味の分からない建物と同じだ。

要件は、息子のこと。
おおよそ私と同年代の息子の話を聞いて欲しかったようだ。

その後も年に2回ほど、迎賓館に呼ばれた。
3年ほど経った頃からは、Uさんの息子もそこに加わった。
10年以上たった今、Uさんの息子は専務になっている。

――― 最後に、迎賓館はどうだったか?

正直、私は未だに居心地が悪いと思っている。
毎回ゲストルームでの宿泊を勧められるが、一度も利用したことはない。
私は毎回、自宅まで20km以上の距離をタクシーで帰る。

Uさんのことは好きだ。
しかし、迎賓館と胡蝶蘭は好きじゃない。


いいなと思ったら応援しよう!

そこらへんの経営者
サポートに感謝申し上げます。 執筆活動のクオリティアップに精進致します。