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本当に良いものは外に出さない

25年程使ったアコースティックギターが「次回は修理・調整不可能」と言われた。
ギターとしてはそれほど高価なものではないが、かなり気に入っており、愛着もあったため、とても、残念だ。
ということで、今後25年使える新しいギターを探すことになった。
そして、とても良い出会いに恵まれた。
今回は、この件について書き綴っていく。


ギターの性能と相場

モノの価格や性能と言うのは、市場原理に従って相場が出来上がる。
私の主観だと、ギターの場合は以下。

~2万・・・ギターを試してみたい人向け
2~7万・・・価格に比例して、分かりやすく性能が上がる
7~10万・・・コスト対効果が限界を迎える
10~30万・・・特定の価値や性能を認める人が買う
30万~・・・ブランドや材質へのこだわりがある人が買う

初級、中級のギタリストは、~10万のギターを利用していることが多い。
上級ギタリストは10~30万のギターを利用していることが多い。
30万以上は、プロか、本当にギターが好きなギタリストが利用しており、少数派だ。

自分で言うのもアレだが、私は間違いなく上級者ではあると思っている。
しかし、プロではない。
高いものを見たら、キリがない。

――― 今回の予算は30万円台まで

そう決めていた。

・・・はずだった。

プロギタリストからの紹介

有難いことに、私が青春の前半を一緒に音楽へ捧げた友人の中には、プロのギタリストが何人かいる。
その中でも、同い年で、同じ師匠に指示し、YAMAHA講師の同期でもあった友人へ、私が買うべきギターを紹介してもらうことにした。
同じ釜の飯を喰った、信用できる友人の存在は大変有難い。

・人生後半で再び楽器を本格的にはじめようと考えたこと
・予算は30万円台までを見込んでいること
・長く使える良いギターが欲しいこと

上記を伝えると、早速、ギターを紹介してくれた。
正確には、ギターのクラフトマンを紹介してくれた。

最近、その友人が買ったギターと同じものが3本、在庫として残っていると教えられた。
そして、圧倒的にそれをおすすめされた。

――― これは、100万円を超えるパターンなのでは?

とても、不安だ。

紹介されたギターのクラフトマン

そのクラフトマンの名前は、昔から聞いたことがあった。
変わった人であるという噂も聞いていた。
自分が気に入った人にしかギターを売らないという噂だ。
25年前に、既に40歳以上だという印象があったので、おそらく現在は70歳前後だと思われる。

――― そんな人が私にギターを売ってくれるのか?

強い不安を残したまま、紹介を受けた。

私の情報は、友人経由で伝わっている。
しかし、知らない電話番号からの電話は出ないそうで、まずはSMSを送信して欲しいとのこと。
益々、不安が募る。

私は、礼儀正しく、SMSでメッセージを送信。
すると、意外にも「電話しても大丈夫ですか?」と返信があった。
そして、工房へギターを見に行くというアポをとった。

ギターを試奏した時

工房へお邪魔し、2本のギターを試奏した。
そのギターは、6本の弦がバランス良く鳴る。
そして、音が良く伸びる。

――― これ、本当に良いギターですね。

これが、試奏した直後の私の間抜けで月並みなコメントだ。
正直なところ、あまりに悪い癖がなく、素直で綺麗な音だったため、コメントに困った。
「癖が無い」という「個性」を良い風に伝えるのは難しい。
で、出てきたのは「本当に良いギターですね」という恥ずかしい言葉。

工房から去った今となっては、いろいろなコメントが浮かぶ。
通常、はじめて握ったギターは、弾きにくくて、まともな演奏はできないのだが、あのギターは違った。
とても、弾きやすい。
一般的に音が伸びないことが多い、高ポジション(高音域)の音の伸びも抜群だった。
また、デッドポイントと呼ばれる、鳴りの弱いポイントが見つからない。
それも、まだ「弾き慣らし」もしていない新品のギターがだ。
おそらく、細かな調整がされているに違いない。

――― 欲しい。でも、譲ってくれるか?

間抜けで月並みなコメントをした私は、ギターを譲ってもらえるかを聞きづらかった。
おそらく、譲ってもらえないだろうと思った。
そして、少し、開き直った。

本当に良いモノ

開き直った私は、クラフトマンと普通に世間話を始めた。
すると、意外にもその話に大きく乗って来る。

次第に、話はマニアックなオーディオの話になった。
レコーディング技術の話にも飛んだ。
アナログレコードの良さ。
デジタルメディア、ハイレゾ、音のデータ圧縮や音の損失の話まで、怒涛のように話が変わっていく。
最後に、紹介者である友人と私の関係、今と過去の違いを話した。
ここまで、約2時間半という長い道のりだった。

――― そして、一周回って、ギターの話に戻る

どうやら、試奏したギターは、共同制作した作品らしい。
共同制作した相手は「名工」と呼ばれた人物だ。
これにも、驚いた。
その名工の名前は、当然、私も知っていた。

しかも、共同制作したギターの数は、6本のみ。

1本目は、30年来のお得意様が買った。
2本目は、某プロギタリストが買った。
3本目は、私の友人が買った。

そして、残ったは3本ということだ。

ギターは、2012年に制作されたもの。
共同制作者の名工は、その後、亡くなった。
追加制作はできず、残りは3本。
12年間で、3本しか譲っていない。

――― やはり、譲ってはもらえない

そう確信した。

本当に良いモノは、なかなか譲らないものだ。
プロでも常連でもない私に譲るわけがない。

奇跡が起きた

工房を出る前に、勇気を出して「譲ってもらえますか?」と聞いてみた。
すると、意外にも「もちろんです」という返答が返ってきた。
かなり、驚いた。

正直者の私は、クラフトマンにストレートに聞いてみた。
「気に入った人にしか、ギターを譲らないと聞きましたが、本当に私でいいんですか?」とこれまた間抜けで月並みな言葉だ。

彼曰く、譲る条件は以下とのこと。

1.つくったギターのことを理解した上で
2.大切につかってくれること

至って、普通の条件に聞こえる。

もう少し話を聞いてみたら、どうやら原因は他にあったらしい。

まず、クラフトマンとその共同制作者の名工との関係性。
お互いに情報を交換する仲だったらしい。
クラフトマンは加工技術、名工は材料の選定。
それぞれの長所を生かし、こっそりと教え合う仲だったようだ。

この辺りへ、紹介者の友人と私の昔話がヒットしたらしい。
かつては同じ釜の飯を喰い、時間を忘れて切磋琢磨した青春の話。
これが、自分と亡き名工の青春を思い浮かべることに繋がったらしい。
私の方は、たいした青春でもなく、今はプロですらないというのに、大変恐縮なことだ。

――― しかし、何とか譲ってもらえた

私は運が良い。

・・・と、思っていた。

奇跡の裏側

どうやら、紹介者の友人が随分私のことを持ち上げてくれたようだ。
事前にクラフトマンに電話し、私とのエピソードを伝えていたらしい。

某資格の音楽理論の試験の前日、徹夜で私から試験対策の教えを乞うたこと。
ライブの時、私のアンプの前にあったマイクを自分のものと勘違いして、自分のアンプの前に持って行ったこと。(私の音はマイクが拾わなかった)
25年前、某メーカーのカスタムショップではじめての高級エレキギターを一緒に買ったこと。
そのギターを選ぶのに、お互い2カ月以上悩んだこと。
そして、何よりも、私が25年前に買ったギター(2本)を今でも大切に使っていること。

――― これが奇跡の裏側だった

運ではない。
全ては、彼のおかげ。
大変、有難い。

本当に良いモノは外に出ない。
しかし、本当に信頼できる人からの紹介を得ると手に入る。
良い経験になった。

【おまけ】変わり者

クラフトマンは、やはり変わり者だった。
有名なプロギタリストから「モニタ」としてギターを無償提供することを求められても拒否し「普通に買って使ってくれ」と言うらしい。

亡くなった名工とは違い、弟子もとらず、一人で工房を経営している。
工房も自宅を拡張してつくられおり、看板一つ付けていない。
ネット販売はもちろんのこと、Webサイトすらない。
もちろん、楽器屋への卸売りもしていない。

――― 本当に売る気があるのか?

今回購入したギターも、2012年制作した当時の価格で譲ってくれた。
今、同じ材料で、同じものをつくって、同じ価格で売ると赤字になると思う。
むしろ、共同制作の名工が亡くなった今、数倍のプレミア価格となっても不思議ではない。

経営者としての視点で見ると、穴だらけだ。
しかし、そんな彼に私は好感を持った。
会社を運営する目的は、利益だけとは限らない。


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