あなたはこうやってラーメン店に失敗する(3)の2

やっとの思いで開業にこぎつけてから半年が過ぎた冬。

開業当初こそ新しいラーメン店への興味から来店するお客様も多かったのですが、三ヶ月もするとお客様もまばらになっていました。店舗近辺の住民たちが一通り食べにきた結果です。これからが本当の勝負です。あなたはいかにしてお客様に店のファンになってもらうかいつも考えています。

考えていても簡単に対策が思い浮かぶわけではありません。それでも現実問題として毎日の売上げは必要です。毎月、家賃や電気代など固定費の支払いはあるのですから…。

そんなある日、会社員時代の友人Bが食べに来てくれました。会社にいた当時、Bとはそれほど親しい間柄ではありませんでした。部署は違っていたのですが社内に一つしかない喫煙場所でたまに会うことがありそのときに競馬の話などをした程度の間柄でした。そんなBがあなたがラーメン店をはじめたという噂を聞きつけてわざわざ来店してくれたのです。あなたは笑顔で迎え、昔話に花を咲かせます。ひとしきり話し終わるとBは店内を見渡して言います。

「きついこと言うけど、あんまりお客さん入ってないですよね」

「開店一ヶ月を過ぎてからこんな感じですよ」

「そうか、大変だな。じゃ、俺知り合いをたくさん連れてくるから」

あなたは「あてにしないで待ってます」と微笑みながら送り出します。


翌週、Bは本当に知り合いを数人連れてきました。あなたはBに感激します。あなたにとって数人分の売上げがとても助かるのは間違いありませんでした。Bにしてみてもあなたに「役立てた」ことがうれしいようでした。

その後、Bはたびたび知り合いを連れて来店するようになりました。ただ気になったのはBの態度が少しずつ大きくなっていったことでした。知り合いを盛り上げようとしているようでもありましたが、少し限度を越えているようにも感じられました。大きな声で話し笑うのです。店内に響きわたるように…。Bが連れてきた知り合いが、あたかもBがこの店を支えているかのように思っても不思議ではありませんした。

Bが来店していない日の夜、レジでお金を支払った四十代のお客様があなたに言います。

「今日はいつものうるさいのいないんだ」

「はい?」

あなたは聞き返します。

「いつも声が大きくて団体で来てるのがいるじゃない」

「ああ。あの人たち私の知り合いなんですよ」

「そうか。でもあんまり感じよくないよね」

「俺の知り合いなんかこの店の味は好きだけど雰囲気が嫌だから来づらいって言ってたよ」

「もうしわけありません。今度言っておきます」


あなたは悩みます。Bが知り合いをたくさん連れて来てくれるのは感謝すべきことです。しかしそのことがお店にマイナスにも働いているのです。Bが知り合いを連れてくることが店のファンを作ることを阻害しているのです。

悩んだ末にあなたはBにそれとなく伝えることにしました。

二日後、Bがやはり複数人でやってきました。最近は飲んだあとに来ることが多くその日も飲んでいました。いつものように大声で話し始めるとあなたはBに近づき言います。

「B、もう少し小さめの声でお願いね」

あなたの声にBの周りの人が白けるのがわかりました。するとBが言います。

「なに言ってんだよ。いつも俺、食べに来てるじゃん」

口調はおちゃらけたふうですが、目が据わっているのがわかります。

「そうだよな。いつも食べにきてもらってるよな。でももう少し小さな声で…。悪い」

Bは連れに向かって言います。

「もう帰ろ! こんな店いてもつまんないしさ」

結局、お会計のときもBは笑顔を見せることもなく帰って行きました。


翌日、あなたはBに電話をします。

「昨日は悪かった」

「ホント、失礼な話だよな。俺、みんなの前で恥かかされたよ」

「ごめん。ただ違うお客様からちょっと言われちゃってさ」

この一言がBの怒りに火をつけてしまいます。

「なんだよ。俺よりほかのお客のほうが大切なのかよ」

「いや、そう意味じゃなくて。俺、Bにはホントに感謝してるよ」

「別に感謝されなくてもいいけど。俺は俺なりにおまえに少しでも役立てばいいと思ってたんだよ」

「それはよくわかる」

「じゃ、あんなこと言うなよ」

あなたは自分が折れるしかない、と思います。取りあえず、あなたがひたすら謝ることでその場を納め電話を切りました。

数日後、Bが硬い表情をして一人でやってきます。あなたは調理が終わるとすぐにBの席に駆け寄り謝ります。

「この前はごめん」

Bは返事をしません。あなたは仕方なく厨房に戻ります。

ほかのお客様が誰もいなくなったときあなたは再びBの席に行きます。

「本当にごめん」

「俺はね、おまえのことを思って店に来てたんだよ。別にここの店の味が特別好きってわけでもないんだ」

あなたはこらえます。

「だいたい、おまえが『お客さんが少ない』って言ったのがはじまりだろ」

「そうだけど…」

「俺が知り合いを連れて来なかったらこの店、とうの昔に潰れてたんじゃない」

この言葉にはあなたもさすがに反論します。

「ちょっとB、それは言い過ぎだろ」

「俺は事実を言ったまでだよ。違うか?」

売り言葉に買い言葉です。あなたとBは強い口調で言い争います。ついにあなたは言ってしまいます。

「ふざけんな! おまえのおかげで俺は店を続けられてるんじゃないだよ。そんなふうに思われてる店なんか続けてても意味ねぇや。こんな店やめてやる!」

あなたはこうやってラーメン店に失敗します。

つづく。


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