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【秋ピリカ】ことのは

今日は何をかくのですか? 

日記?
お手紙?
ものがたり?

彼は木目が美しい棚から1枚の生成色の紙を取り出した。
うっすらとリボンの模様が浮かび上がる紙を半分に、また半分にペーパーナイフで丁寧に切っていく。

それから机の引き出しからインクとガラスペンを選び取って並べた。

あ、お手紙ですね。
想いを寄せるあのひとでしょうか。

わたしは会ったことがないけれど、彼には想い人がいるよう。

優しくて、柔らかくて……だけれど、秘めたる想いが滲む言葉を紙にしたためていく姿に胸が熱くなるのです。

わたしは机の上でガラスペンにインクを浸す彼を笑顔で見守る。

彼の小指ほどしかないわたしの姿は彼にはみえません。

わたしは紙の上に両手を滑らせ、白い線で描かれたリボンの輪に頬を寄せた。

たったいま、繭から紡ぎ出されて編まれたようなあたたかさを感じる。

ふと、見上げると彼の手がガラスペンを持ったまま止まっています。
珍しく悩んでいるのでしょうか。

悩んでいても、いつもペン先に宿るのです。
彼の色が。

あのひとに手紙を書くときは、あのひとのことを想い浮かべた色。
ものがたりを描くときは、飛んだり跳ねて喜んだり、悲しんだり、怒ったり七変化する色。

彼の気持ち。
彼の頭の中の風景。
彼が感じたこと。

それらが形になっていくのがわたしは大好き。

なのに、今は不安そうな色です。

どうしたのですか?
不安になることなんてひとつもないですよ。

わたしは彼の手のまわりを思案気に歩く。

もしかしたら、どこか具合が悪いんでしょうか。

ぺたり、とわたしは彼の指に手のひらをくっつけて自分の額の温度と比べた。

お熱はないようですね。
大丈夫です。
ほら、インクも乾いちゃいますよ。

わたしが、ぽんぽんと手のひらで彼の指を叩くと彼はようやくペン先を紙につけた。

よかった。
筆が進みました。

わたしはうつ伏せになり、寝そべりながら彼が綴る言葉をながめていた。

いつもと違う雰囲気ですね。
あのひとに書いているときとは打って変わって、不思議さが滲み出していて少年のようなはしゃぐような幼さがある。

インクの深い青色に染まる言葉が、彼の想いと重なって色彩豊かなエネルギーを纏っていく。

誰に書いているんだろう。
こっちまで楽しくなってきます。

るんるんとわたしは無意識に足をぱたぱたと動かしていた。

きっと、そのひととお友達になりたいんですね。
新しい出会いがあったよう。

彼が楽しそうならわたしも楽しい。
彼が悲しそうならわたしも悲しい。

あなたが笑顔なら、わたしも笑顔になる。

お友達になれるように、わたしからも魔法をかけておきますね。

つと、彼が綴る紙に手を添えて、祈った。

『あなたの想いが伝わりますように』

ふんふん、とわたしは鼻歌を歌いながら彼が描き始めたものがたりを読みに行く。

わたしは知らなかった。
彼がわたしの後ろ姿をみつめていることを。

彼は微笑みながら宛名を書き、手紙をそっと机の上においた。

――ことばの精霊さんへ。



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