バームクーヘン<140字小説まとめ3>
Piece18
今、ここから逃げ出して、高橋慎也と結婚して平凡だけど幸せに暮らせたらどんなにいいかと思う。でも現実の私は明月が彼の父親を騙しているのを見ているのだった。明月の仕事ぶりはいつも通り鮮やかで、人は彼にどんなことでもしてあげたくなるのだった。
#言葉の添え木 「今、ここから」
Piece 19
間違っているのは分かっていた。君が苦しくなるだろうと分かっていたし、自分では結局君を幸せにできないかもしれないって正直に言えば思っていたし、こんな時、できた人間なら幸せを願ってあげるんだろうって分かっていた。でも、僕は君の手首を掴んだ。 「行くなよ、今日」 「何」 「行くな」
#1月の星々 「結」
Piece 20
「結論を言えば、馬鹿だと思うの。自分の理想を投影して、ただの人をいい人と思い込むのは。釣り合いたくて自分も変わりたいとさえ思うのは」 当たり前だけど、そう言った瞬間の君を僕は次の瞬間には失っている訳で、それが哀しい気がして愛してると口走りそうになり、正気を保つために長く口づけた。
#1月の星々 「結」
Piece 21
映画を見ると言っても、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だの『E.T.』だの、君は結末の分かっている古いSFばかり見たがって、新しいのは一切見ようとしなかった。 「ドキドキしすぎるから苦手なの」と君は言った。 僕も文句はない。何がかかっていても、君の隣にいられるのなら同じだったから。
#1月の星々 「結」
Piece 22
正岡子規は結核で亡くなったのだと君は言った。名前は知っていたが興味のなかった僕は、ただ頷いた。 「正岡子規は柿食へばの人。やったでしょ?高校の時」 「うん、やったかも」 そう思うとその名前を少なくとも知ってはいることが、彼女と同じ記憶を持っている自分がとても誇らしいような気がした。
#1月の星々 「結」
Piece23
お酒は飲まないのだと君は言った。空は夕焼けで、その朱と始まりかけの夜の色が混ざっていた。君は透明のグラスで氷水を飲みながら、まるでカクテルを飲んでいるようだと言った。僕は体が痛かった。まるで自分のかけらが飲みこまれてしまう気がして、君が少しずつ飲むその液体をずっと見つめた。
#言葉の添え木「私のカケラ」
Piece24
本当に嬉しかったことだけは、いつも言葉に出して言えない。君が一番苦労して書いたその一文が良いと言ってくれたのが、とても嬉しかったのだけど、私はふうんなんてなんでもないふりをして、ありがとうと述べた。温かい貴方の手をつないで歩く時、どうかこの嬉しさが伝わりますようにと願った。
#言葉の添え木 「温もり」
Piece25
「子どもを見れば傷つける人からは離れいくら休んだっていいし、間違えてもいいよ、あなたは大事だよって思えてそれが簡単なことに思えるんだけど」と彼女は言った。翻って鏡を見れば同じ人間で、誰かの子でもある筈なのにどうしても自分を許すことができないねと。ぎゅっとその手を握りしめた。
#言葉の添え木「鏡の中の私」
Piece26
「いらない感情はゴミ箱に捨てるのよ、全部が全部君の一部じゃないんだから。運動したら汗かいて、雨に濡れたらシャワーを浴びて、自分の一部は流れ去ると思って自分の好きな部分だけを自分と思えばいいじゃない」
僕は強く生きるという意味を知らなくて10年ぐらい君のことを理解できなかった。
#言葉の添え木「雨上がる」
Piece27
君のことは好きじゃないんだと言って顔を引き寄せた。絶対に怯むものかと言う様に君は僕を睨んだ。君の綺麗にまとめた髪を解いた。アイスの棒をしばらく咥えていたからルパンみたいな気持ちになってさ。あと君の髪の毛がないとキスするの、誰かに見えるかもしれないからさ。灰になるまで、そして、僕たちは。
#言葉の添え木「灰になるまで」
Piece28
「もう好きではなくなったので別れたい」と言った。ケーキを頼んで、コーヒーで飲み下した。もはや、それはつまり愛と同じだと思うのだが、貴方は、「俺のこと、捨てるの」と言って傷ついていた。私ももっとちゃんと言わなきゃいけなかったのかもしれない。「人は、人を捨てたりできないんですよ」と。
Piece29
「誰だ?おまえ」 「えっほんとに、覚えてないの?この子たちのことは?」 夫は忘れてしまった。何度も愛を交わした瞳、手をつないで帰った家、二人で泣いたり笑ったりして子供を育てた。涙がゆるりと頬を伝うのを感じた。 「お姉ちゃん大丈夫?」 「うん、大丈夫。こんなにうまくいくとは思わなくて」
#第2回文タコン
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参加させていただいたコンテストとお題です。ありがとうございます。最後のPiece29はTwitterの140字小説コンテスト『文タコン』(@bungoutaco様主催)に参加させていただいた時のものです。
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