はるかのエッセイ【だんごむし】
ダンゴムシは、かなり人間界とは馴染みの深い虫である。
片想いであることは間違いないが、ダンゴムシを手に乗せたときのくすぐったさは、誰でもすぐに思い起こせるほどには関わりがあると思う。
わたしは二度、ダンゴムシの出産に立ち会った。しかもわたしの手のひらで、人生の始まりを迎えたのである。正直気持ちが悪かった。一ミリにも満たないほどの小さな粒々が、一斉にわたしの手のひらに現れ、駆け出した姿はトラウマレベルである。またある時は、家の庭の石を全部ひっくり返して、平穏に過ごしていた罪無きダンゴムシたちを根こそぎとり、ペットボトルいっぱいに閉じ込めてやった。さらにはそれをマラカスの如く、振り回して遊んだ。数百の命の音はグルービーで魅力的だった。
死後は彼らに虐められることは覚悟済である。
ダンゴムシのエピソードだけで一冊の本が書けそうな気がしてきた。それほどに愛着のある生き物だ。
四歳のころ、ダンゴムシへの愛がピークだった。母が庭にレンガで花壇を作っており、そこはダンゴムシの工場が床下に隠されているのではというほど、毎日採っても採っても更新された。いずれ通うことになる、小学校は千人以上の児童が居り、教師含む全員に一匹づつ配っても余るほどにはいたと思う。
わたしは、岩の下でヒソヒソと暮らすダンゴムシたちが、なんだか惨めに思え、共感した。ねじ曲がった愛情表現の一環として、ダンゴムシたちに、夢のマイホーム作りを計画した。庭は芝生であったため、草と土はいくらでもある。木も大きいのが四本ある。食べ物に困ることはない。そして最も重要なレンガだっていくらでもあった。計画はすぐに実行された。
まずは土地探しだ。家よりも広い庭は、虫たちの繁華街だった。ありの巣が近いと食べられるかも知れない。日光が良く当たると干からびてしまう。木の付近は、根っこでゴツゴツしていて、隙間風が不快だろう。土地探しには数日を費やした。
そしてやっとの思いで最適な土地を見つけたのである。そこは家の裏であまり人が来ないため、踏まれる心配はなく、屋根の下で雨漏りの心配もない。
建築はすぐに実行された。
まず、レンガで枠取りし、さらに積み上げて天井の高いデザインハウスを意識した。床には枯れ葉を敷き詰め、買い物に出掛けずとも食料は有り余っていた。最高の家ができたのは、日が暮れた頃だった。
翌日、いよいよ新築披露が行われた。事前に、やる気のない引きこもり体質で家が気に入りそうなヤツを捕まえておいた。
彼らを一斉に家の中に放してやった。
最初は、自分たちに与えられた最高の状況を理解しなかった。でもすぐに気に入った様子で居座った。お互いに満足であった。彼らのプライベートなど無視して、一日中眺め続けた。
その日の夜は布団の中で、彼らも柔らかい葉っぱの上で夢を見ながら眠っていると思うと、幸せな気持ちに包まれた。
翌朝、ホテルの朝食を意識して、
冷たいミネラルウォーターを与えにダンゴムシ宅へ向かった。
彼らは居なかった。隙間はないはずだ。なぜ居ないのか理解できなかった。
レンガの裏を見ると、彼らは潰れて死んでいた。
本当に悲しかった。
罪悪感で涙が止まらなかった。まず、なぜレンガの隙間に入ったのだろう。彼らにとって、家のクオリティーなどどうでも良かったのだ。家族の元へ帰りたかったのだ。思い出しても胸が痛い。こうして死後はダンゴムシたちの手によって虐められることが決定づけられた。