はるかのエッセイ【お手紙】
幼稚園では、先生に手紙を書くと必ず返事が貰えるという、園児にはかなり胸の踊るカルチャーがあった。それも先生直筆の似顔絵つきである。
そうなれば書く以外ない。
如何に先生の印象に残し、皆とは違う返事を貰うか、と私の捻くれが働いた。
園児の皆は一番可愛いと思う便箋を持ち寄って書いているに違いない。それでは全部一緒だと考えたわたしは、折り紙に手紙を書き、その手紙を何か形に折って贈ろうと考えた。
私は、早速その日の晩、書いた手紙を超自己流ハート型に折った。内容は「ありがとう」やら「すき」やら。その日は胸の高鳴りを一晩中感じた。
翌日、手紙で脳内をパンパンにし、カバンを何度も確認し、軽い足取りで登園した。
私は大変計画的な園児だったため、 私とのやり取りが少しでも雑になるのは避けようと、
先生が園児の輪から抜け、事務作業を始めたところを狙った。
わたしは大変なお調子者であったが、園では淡々とすごしていた。その日もただ冷めきった様子で手紙を差し出したつもりだ。
少し冷たくした方が相手の気を引くと、幼稚園児なりに心理的作戦があった。
しかし
先生はやはりプロだ。私の心理的作戦にはひとつも反応を示さず、私の手元のゴツゴツしたハート型の手紙を見つけ、
「え、くれるの?」とわたしの顔を覗き込んだ。
猫被りなわたしは、ただ口を瞑って「うん。」と相槌を打つと、先生は「え、ありがとう!」と、
その手紙をそっと机にしまい込んだ。
一瞬は大成功と思われたが、すぐに問題に気がついた。園児たちは時折、折り紙をプレゼントするのだ。折り紙を贈ると、一日黒板に飾られ、自分の技術を園児の皆に披露できる。その代わりに、お返事は来ないのだ。
しまった。先生は折り紙を貰ったと思っている。しかし今更「それ、手紙だからね」などと言う度胸を持ち合わせていなかったため、ただ立ち尽くすしかなかった。
冷たく手紙を渡し、受け取ってもらって絶望する様子は、さぞ可笑しくうつったはずだ。
結局、中の手紙は読まれることはなく、一日中いびつなハート型は嫌に誇らしげに晒され、一番のお目当てであるお返事が来ることは無かった。
幼稚園児にはまだ早い程の敗北の日となった。
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