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幸せのカケラ➂

≪国崎の章≫

『陽向君の お父さんだよね!?』
と、僕 の前に来た女の子がいきなり言った。
駅でのあいさつ運動が終わって、
旗を片付けている時だった。
『アタシ、陽向君 の友達なんだ。大学で一緒なの。』
『あぁ、そうなんだ。陽向、元気にしてる?』
『うん。今、学祭の準備してる。アタシのうち、
この街だから、朝、 駅に行くとお父さんがいるよって教えてくれたの。』
『あぁ、ありがとう。わざわざ。』
『明日もいる?』
『うん、いるよ』
『じゃあ 、また明日!』
そう言って短いスカートを翻 して 走っていく女の子の姿を見送る。
じゃあ、また明日、と春菜も言って手を振ってたなと思い出す。
いつも笑顔で、それでいて少し哀しそうな顔をして。
人に幸せを伝道しているのに、僕は幸せなんだろうか。
出会った頃、 僕の幸せはなんなのかと 春菜に 聞かれた。
真理の伝道だと答えながら、なぜかその言葉が心に刺さった。
マンションのエントランスでインターホンのボタンを押す前に、
一呼吸いるようになったのはいつからだろう。
家庭が安らぎの場じゃなくなったのはいつからだろう。
僕は何を望んでいたんだろう。
インターホンのボタンを押すと何も聞こ えずにオートロックが解除される。エレベーターで12階に上がるまでに、
絵里奈が今日は不機嫌そうだと思って 、ため息をつく。
『ため息つくと幸せ逃げるんですよ!』
って言う春菜の顔を思い出してちょっと笑う。
ドアを開けて、ただいま、と言うと絵里奈は電話中だった。
寝室に行ってスーツの上着を脱いでネクタイを緩める。
リビングに行くと、絵里奈はソファに座って
僕たちの神様が出している月刊誌 のページをめくっていた。
『ねぇ、私がなんで今世、女に生まれてきたと思う?』
絵里奈が突然僕に聞く。僕と結婚するため、では ないんだろうな。

と、心の中で思いながら、なんて答えたらいいかを考える。
僕はいつからこうやって絵里奈が欲しい答えを探すようになったんだろう?絵里奈のことを心から好きだった。
ずっと一緒にいたいと思っていた。
その気持ちはいつから変わったんだろう?僕が変わったのか、
絵里奈が変わったのか。それとも愛なんて もの は
初めから 存在しなかったのか。
『ねぇ、聞いてる?』
『あ、あぁ聞いてるよ。なんでだろうね。』
『神様 の花嫁を奪わないためよ。』
『え?』
あまりにも意外な答えだったので何を言われているかわからなかった。
『だって私が男だったら、 神様の 奥様と恋に
落ちるかもしれないじゃない。』
『あぁ・・あぁ・・そういうことね。なるほどね。』
絵里奈は自分が言った言葉の効果に満足して、
うっすら微笑みを浮かべて台所に立った。
『夕飯、食べてきたの?』
『うん、食べたよ。軽くね。』
夕飯を用意しているかどうかわからない時のための受け答え。
絵里奈と僕はずっと、神 様 のために同じ方向を向いて 闘って きた。
それが彼女が望んでいることだから。
でも僕が作りたかった家庭ユートピアは、
もっと安らげる場所だったんじゃないか?
外で 闘って きた身体と心を休めるところが
家庭じゃなかったのか?あの時、絵里奈が僕を救ってくれたから、
だから 今度は絵里奈を救ってあげようと思った。
だから結婚したのに。誰かを救おうと思うことは 、
おこがましいことだったんだろうか。
それとも彼女僕に救ってもらおうなんて思ってはいなかったんだろうか。
もうそんなこと考えてもしかたのないことだけれど。
結果的に僕達は別れたのだから。
別れたけれど、今までのことが全部無駄だったなんて思わない。
そんな風には思いたくない。思いたくないけど。
もしもやり直せるならどこまで戻ればいいのかさえわか らない。
このやりきれない思いを抱えて僕はどうしたらいいんだろう。
春菜。君がここにいてれくたらどんなにか気が楽になるだろう。
でももう君はいない。あの日 も、
じゃあまたねと言って帰っていったはずなのに。
僕は、なぜあんなことを言ってしまったんだろう。
何に怯えていたんだろう。
誰の目を気にしていたんだろう?
誰かを心から愛するということを、どうして隠そうとしたんだろう?

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