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幸せのカケラ(終)

≪エピローグ・侑輝の章≫

『なっちゃん?』
僕がふと真夜中に目が覚めると、ベッドの横になっちゃんが立っていた。
『どうして?あれ?どうやって?』
と半分寝ぼけて聞くと、人差し指を唇にあてて、
『しーっ』
と、言った。
それからゆっくりと僕を抱いてキスをした。
『・・・泣いてるの?』
なっちゃんの流す涙が、頬を伝わりしょっぱい
味のする キスだった。
『さようなら。侑輝くん。
大好きだった。本当に大好きだった。ずっとそばにいられたら
良かった。ウソじゃないよ。でもさようなら。 』
そう言ってなっちゃんは音も立てずに部屋を出て行った。寮の鍵、かかって
いる だろ。ってゆっか、僕の部屋にだって鍵かかってんだろ。そう思う気持ちと、その不思議な行動を、すんなり肯定している自分がいた。きっと今なっちゃんの身になにかが起きているんだ、と思った。な っちゃんは不思議な人だから。さようなら、ってなんだろう。さようならって・・。
僕は枕元のタブレットを引き寄せてメッセンジャーを起動させた。
なっちゃんにメッセージを送る。そのメッセージが既読になることは、
その後、 永遠になかった。
『よぅ』
と外階段を降りてきた陽向に僕は声をかけた。
『おぅ』
と陽向が応じる。僕たちは並んでカフェに向かいながら
『それ、喪服?』
と陽向が着ている服を指さす。
『あ、うん。そう。母親の友人が亡くなったんだ。
俺もけっこう支部で世話になって。』
『そっか。』
『・・なぁ、侑輝 。俺、そ の人のこと、お前のフェイスブックで一度見たんだ。』
『え、そうなの?』
『うん。でもありえないんだよ。その人、ずっと・・ここ何年も寝たきりだったんだから』
『ユートピア実現記念碑のとこで撮った写真?』
僕は自分の声が震えているのがわかった。
『うん。そうだったと思う。』
『・・消えてたんだ。その写真。この前見たら、僕しか写ってなかった。』
『侑輝 ・・。彼女はちゃんと帰天したよ。』
『うん・・。ありがとう。 』
なんだよ、こんな終わり方、ギリアウトだよ。信じられねぇ。
マジかよ、ハンパないな。僕は空を見上げた。
笑いながら涙があふれてくる。
『おい、侑輝、大丈夫かよ。』
陽向が心配そうに僕に聞く。
『大丈夫。大丈夫・・ちょっと・・哀しいだけで。』
僕の笑う声が青い空に響き渡る。
白い雲が。光が反射するオベリスクが。かすかに聞こえる波の音が。なっちゃんの手のぬくもりが。震える唇の感覚が。僕の心を満たす。 いつか見たあの光。あれはなっちゃんの幸せのカケラだね。紺色の光が。濃い紫色の光が。下から上に向かっていたあの光。
なっちゃん、僕の声が聞こえる?聞こえないわけがないよね。僕のことを見守っていないわけ が ない。僕たちはきっとまたいつかどこかで会える。
そうきっと来世で。ま た この地球のどこかで。あるいは違う宇宙のどこかで。 だから僕は大丈夫だよ。
僕が僕である限り。
僕達が 信仰心を忘れないでいる限り。

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