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幸せのカケラ⑪

≪陽向の章≫

木曜日のお祈りの時間、俺は、神津川のことだけを祈っていた。本当はちゃんとお祈りの言葉を唱和しなくてはいけないんだけど、俺の心が神津川のことしか考えられなくなっていた。ごめんなさい、神様。でもお願い。お願いします。どうか、どうか俺と神津川を引き離さないで。神津川がいなくなったら俺は生きていけない。いや、それは大げさかもしれないけど、俺は・・俺は・・。気がついたら礼拝室には俺しかいなくなっていた。急いで階段を駆け下りてカフェに向かう。カフェの自動ドアが開くのももどかしく 、カフェの中を 見渡すと、神津川が奥のソファで笑って手を振っていた。
『かっ、神津川もお祈りすればよかったのに』
『うーん、まぁ退学した身だし。アタシ、退会も考えてるんだ』
『えっ、退会!?信仰を捨てるってこと?』
『信仰は捨てないよ。でも組織から抜けたいの』
『どうして・・?』
『うーん・・・どうしてかなぁ。うちってさ、けっこうバリバリの浄土真宗のうちなんだよね。だから小さい頃から側に神様がいたのを知ってるし、いつも相談しながら生きてきたの。でもそれってみんなそうだと思ってたんだけど、違うじゃん。小学校に入ってそんなこと言ったら、頭おかしい子、 じゃん。だから言わなくなったわけ。で・・神様の組織を知ってから、あぁ、やっとアタシが安心して息の出来る場所が見つかったって思ったの。
神様のことも、守護霊の話も、誰も笑ったりしないじゃん。頭のおかしい子とも思わないじゃん。それが嬉しくて。 それで大学も親に無理言って入らせてもらったの。一回 、 他の大学に行ってるのに、退学して。それでまたここも退学じゃ、おまえなにやってんだ、って思うかもしれないけど。もう決めたことだから。 』
『学校辞めて・・どうすんの?留学するって聞いたけど・・』
『留学はウソ。』
そう言っていたずらっぽく舌を出した。そんな神津川を俺 は 抱きしめたくなった。抱きしめてもう離したくなかった。でももちろん俺にそんなことはできない。
『侑輝君がしつこく聞くから留学って言ってみただけ。侑輝君にアタシの気持ちを説明してもわからないだろうし・・ってか、話す気もないしね。』
『なんで・・俺に?』
『んー?なんでかな。退学するきっかけが陽向君のお父さんだったからからな?』
『父さん?』
『そう。だって、この間まで石川県で支部長してた人がいきなりあんな田舎の町で選挙に出るっていうんでしょ。それも神様の指示だから。神様の ために戦うんだって。まぁそれはいいよ。それはわかる気がするよ。でもさ。そのせいで家族が不幸じゃ、家庭ユートピアどうなってんのって感じじゃないの?』
『まぁ。そうだけど。別に俺、不幸だと思ったことはないよ。』
『ホントにそう?陽向君、小学校の父兄参観日にお父さん来てくれたことある?映画の上映と重なった体育祭に来てくれたことある?周りのみんなは来てくれているのに。自分が本当に愛されているかって疑問に思ったことない?』
『あるよ・・それはある。でもそれは・・父さんも母さんも神様のために頑張っているから・・・』
『だーよーねー。そう。そうなんだけど。アタシはそういうの嫌になったの。神様の教えが嫌になったんじゃなくて、組織が嫌いになったの。去年の衆議院選挙を手伝って、なんか違うって思ったの。上の人の意見が、中間管理職のごちゃごちゃなとこ通ると、末端の人に全然違う風になっちゃって。あれじゃ神様の意見なんて全然 みんなに わかってもらえないって。』
『・・・そ、そうなの?』
『そうよ!アタシはね、真剣に神様の言葉を全世界の人に伝えたいの。
そのために組織に邪魔されたくないのよ。 』
『すげーな・・神津川は・・。』
『すごくなんてないよ。全然。単に組織が嫌でわがままで出ていく会員だと思われると思うけど。』
『俺はそう思わないよ。俺は神津川を支持する。』
『しなくていいよ。お父さんとお母さんに申し訳ないもの。』
『神津川・・』
『で?陽向君の話ってなんだったの?』
『あ・・いや・・なんか、神津川の話に圧倒されて・・もうどうでもよくなった気はする
けど・・。俺さ、神津川のこと、好きなんだと思う。』
『アタシを!?』
『うん。神津川の笑顔見てるとなんか幸せでいられる気がする。
きっと神津川は、自分で自分のこと幸せに出来ると思うんだけど・・。俺でも何か神津川の役に立つことってないかな?』
『ありがとう。その気持ちはとても嬉しい。でも、アタシは陽向君のこと何にも知らないし、きっと陽向君もアタシのこと、何にも知らないよね?』
『うん・・そうだね。』
『じゃあ、お互いのことを知るために、とりあえず夕飯を一緒に食べましょう。』
『神津川・・』
『つきあうとかじゃないけど。とりあえずは、とても仲の良い法友になりましょう。』
『うん、ありがとう。』
そういう俺に、 神津川は右手を差し出した。俺も自分の右手を差し出し神津川の手を握る。ふふっ、と小さく笑う神津川の笑顔は、今まで見たことがない笑顔で、とびっきり可愛かった。この笑顔を守るためなら 、 俺はなんでもしようと心に誓った。

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