時代考証
今回は少々うるさいことを言いたい。何かといえば、歴史上の風俗を描いた作品における時代考証についてである。私はこの分野では一応プロなので、どうしても捨て置くことができず、いつもテレビの前でツッコんでいたのだが、「るろうに剣心」や「銀魂」なんかはフィクション度が高いと思えるから勝手に納得しているのだが、時代劇はいけない。ツッコむ気持ちを抑えられないのである(笑) 以下「そこまで厳密にせんでもええやん」という声は無視して、強引に所感を述べてみたい。
●水戸黄門
日本の時代物のドラマや映画は、江戸時代という二百数十年に及ぶ長い期間における文化や風俗について、一律に語り過ぎである。時代劇に登場する女性の髪型(いわゆる日本髪)は、ほとんどが丸髷と呼ばれる幕末~大正時代頃に流行した既婚女性のスタイルで統一されている。丸髷は「水戸黄門」にもバンバン出てくるのだが、このドラマは江戸時代の初期が舞台であるはずである(水戸の黄門様は徳川家康の孫であり、江戸時代になってから数十年しか経っていない)から、その頃に女性たちはそんな髪型をしておらず、一般人レベルでは通常垂らした髪を肩や背中のあたりで簡単にくくっている程度であり、髷(まげ)や鬢(びん)のあるような日本髪をしている人、オマケにあんなきれいに櫛目の入った髪型であるはずがないというのが一つ目のツッコミどころだ。そして二つ目の違和感が、おばちゃんであろうが若い町娘であろうが同じ髪型であるという無茶である。
また着物も違う。そもそも「着物」ではなく小袖というべきなんだけど、面倒クサいのでここでは省略。当時の着物は裾がはだけるのを防ぐために、前の左右重なる部分(身頃、衽)の横幅がやたらに広い(左右の重なる部分が多い)。なぜ「はだけ防止」が必要なのかといえば、当時の女性は正座をする人は少なく、立膝やあぐらだったからである(正座は江戸初期~中期頃から徐々に広まった)。
さらに当時の女性は結婚すると歯を黒く染める(お歯黒)のが身だしなみだったし、子供が生まれると眉を剃った。今の価値観で見ればビジュアル的にかなりのインパクトがある感じになってしまうが、昭和に作られた時代物の映画なんかには忠実に再現しているものもあって面白い。ちなみにおひな様の三人官女も、真ん中の女官は唯一既婚者だからお歯黒で眉がないことを知る人は少ないんじゃないだろうか。
由美かおるさん演じるお銀が入る風呂も違う。あの時代の風呂は蒸し風呂であり、湯船はない。まだ湯を沸かしてつかるという習慣はないのである。だから当時の銭湯は大きなミストサウナだったわけだ。ちなみに混浴だったこともあったのか、スッポンポンではなく、男はふんどし、女は腰巻をつけていた。混浴ながらトップレスだ。
●小梅太夫
小梅太夫さんは「太夫」である。太夫といえば最高級の芸妓である。ネタとしての「チックショー‼️」はまぁ許す(笑) しかしあのかぶり物のヅラはいけない。多分毛髪ではなくて帽子みたいにスポッとかぶる簡易的なタイプだろうと思うが、モデルとした髪型は「結綿」か「桃割れ」かなぁと思う。きちんと見てみないとわからんが。まぁいずれにしても若い未婚の女性がする髪型だ。冒頭にも述べたが彼は「太夫」である。時代によって大きく変わる部分もあるが、着る物、身につける物、化粧、そしてこの髪型と、「太夫」なのであれば全く話にならない。小梅太夫さん、時代によって全く売れてなかった時はともかく、小金も入ったんだから、せめて着物とヅラは「太夫」のものにしてくれ〜!
●髭男爵
「ルネッサーンス!」と言いながらワイングラスを掲げる髭男爵さん。あのお2人の着ているものをはじめとするビジュアルは、全てがワヤである。以下、いかにワヤなのかをネチネチと挙げてみる。
まず、身につけた衣装が全くルネッサンスではない。ルネッサンスと呼ばれる時代は、およそ14世紀〜16世紀だが、髭の山田ルイ53世さんの着ているものは19世紀末頃から20世紀初頭頃の紳士の格好だ。シルクハットにアスコットタイを気取るスタイルはルネッサンスの時代には残念ながらまだない。
もう一人の、樋口さんが着ているコートも、時代はロココ、マリー・アントワネットの時代である18世紀の貴族が身につけていた普段着の、ジュスト・コルを模して作られたものであるように見える。よってルネッサンスよりもずっと後の時代のものだ。一見サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドのレコードジャケットを思い浮かべたのだが、ビートルズが身につけていたあのヨーロッパの海軍軍服風衣装も、元々はジュスト・コルが原型なのかもしれない。ちなみにこのジュスト・コルを身につけたのは貴族の男たちだが、合わせたのはヒールのある靴だ。なにせパリの町は道端に糞尿が溢れ悪臭に覆われた街だったからね。うっかり踏んでしまったら大変だったから、男も女もハイヒールだ。
まだまだ言いたいことはある。しかし今日はこの位にしといたるわ(池乃めだかさん風に)。