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厳しい人 優しい人

 我々のような美容系(美容師、メイクアップ等)やファッションの世界に携わる人には、いわゆるゲイの人たちが多く、ドラマや映画で描かれる際にも そんな設定にされることは珍しくない。ご多分に漏れず 私の友達にも少なくないが 本人たちに どうしてこの業界にゲイが多いのかを尋ねても『知らないわよ!』と言われるばかりだ。今は随分生きやすくなったみたいだけど、昭和~平成の時代に多感な時代を過ごした年代の人たちは、それはそれは辛い青春時代を送ってきた人ばかりで、彼(彼女)らは笑いながら、自分のことを『オカマ』だとふざけて話しているが、経験してきた苦労や 一人流したであろう涙のことは、周囲の人間は理解しておいた方がいい。

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 時はバブルの真っ只中。大阪は北新地にある美容サロンでは夕方以降戦場になった。クラブやラウンジ(キャバクラではない)に勤める おミズのお姐さん方でゴッタ返すからだ。夜の仕事の方々の多くは気も強ければ言葉も強い。髪型の出来がお店での指名獲得なんかにも影響するから当然だ。そして何より時間がない。もう少し早い時間に来店してくれたらいいのだけど、その時間は作らないのが彼女たちの生き方である。そんなサロンは勤める美容師、特に新人にとっては かなりストレスフルな環境だといえるのだが、あえてそんな店に見習いとして飛び込んだ私の友人 M君の話をしたい。

 ヘアセットを習いたいといって自ら入店したそのサロンは、経営者は別にいたが 店を仕切る店長はゲイだった。よくある話だ。女の世界であるその店では M君に対し、店長をはじめ先輩たちも皆アタリがキツかった。技術に厳しいだけではなく ヤッカミやイケズなんかも日常だったのだ。特にチーフである中年女性は M君の真面目さがかえって面白くないらしく、あからさまに無視したり睨んだりした。

 そんな環境でもⅯ君はかなり頑張った。いや耐えた。下手クソだ、ノロマだ、不向きだと散々言われ続けた日々。初めの頃は思うように仕上げられず、お客の方が店長やチーフに助けを求めた。
 『アンタさっきから何回おんなじことしてんの!? 全然あかんやないの! ちょっと店長お願い、代わって! 今日時間ないんよ!』。助けを求められて『も〜!』と言いながら、代わった店長が周囲に聞こえるようにそのお客に言う。『バカねアンタ、こんな見習いに任すからよ〜! なんでこんな子に頼むのよー! 』  M君は屈辱に耐え、自分に代わって仕上げる店長の手さばきをじっと見つめる。自分がどうしても上手くできなかった部位も、あっという間にまとめてしまう店長。例のチーフはそんな光景をニヤニヤしながら横目で見ている。
 閉店後M君は店長に呼ばれた。『アンタさ、できないなら初めからできませんって言いなさいよ! あのお客さん、もし今日がお見合いだったらどうすんのよ? アンタのお陰で人生が変わるかもしれないのよ!』
 ・・・その通りだ。その夜M君はアパートの部屋で一人泣いたことを私には話してくれた。でもこんなことはこれまでに何度もあったことだ。

 そのサロンでの勤務も1年が経った。M君はこのサロンに しぶとくしがみつき、食らいつき、ようやくなんとかスタンダードなまとめ髪ならお金をいただいて人並みに仕上げられるようになった。私から見ても見違えるように上手くなったと思えた。上手くなったというのは技術だけではなく、お客や同僚への対応力という点でもだ。

 経験上 勝手に自分にはセンスがないのだと結論を出して、メゲてしまうタイプは大成しない。技術の世界では自分の不甲斐なさに涙を流しても、明日の自分に希望できる人が勝ち残っていく。令和の今はこんな指導法はダメに決まってるけど、いくら時代が変わろうとも 習う側、学ぶ側のスピリッツは共通だと思う。人には優しく、自分(の夢)には厳しく。

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 それからさらに数年経った。M君はその後も真面目に精進を続け、店の中では押しも押されもせぬ存在になった。今や店長もM君の存在を戦力として認めていたし、入店者の面接もチーフではなくM君に任せた。そして長らくお局の立場を譲らなかったチーフが退社したことを受けて、M君は店内に横行していたイヤな風習を一掃することに心血を注いだのである。

 M君の人柄を慕い、またその技術の教えを乞う後進もポツポツでてきた。私がM君を誘っても、退店後はレッスンがあるからと なかなか会えなかったほどだ。その理由は 自分自身のレッスン以外、違う店に勤める美容師にも惜しみなく勤務後の自分の時間を使っていたからだ。そんな日々の中、件の店長が倒れた。その後も体調が悪いといって休む日が目立つようになり、とうとう長年責任者として運営を支えたサロンを去ることになったのだった。他人には決して言わなかったものの、噂ではどうもガンだったらしい。

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 このサロンに来て10年が経ち、いよいよM君は独立することになった。しかも今のような飲み屋街の中にあるセットサロンではなく、駅前のオシャレな美容室だ。長らく勤めたサロンでの勤務最終日の1週間ほど前からは、別れを惜しみ独立開店を喜ぶ多くのお客が来店されたが、その中にはプレゼントを持って来られる方も少なくなかった。そんなお姐さん方に交じって私もM君の最終日にそのサロンを訪れた。どうしてもM君のラストを見届けたかったからだ。そして・・・。いよいよ最後のお客様が帰られた直後、自然に皆がM君の周りに集まり、拍手を贈った。そしてそんな中、まるで映画の1シーンのようなことが起きたのだ。退社以来連絡が取れなくなっていた 件の店長が現れたのである。やつれた顔で花を抱えて店の入口に立つ元店長。
 M君の『店長!お体はよろしいんですか!?』という言葉に『古ガマは消えてゆくだけよぉ。・・・そんなことよりさぁ、アンタ立派になったわねぇ』 心配顔のM君を見る元店長の目には、今まで誰も見たことのなかった涙が溢れていた。


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