校長の流儀
40年前、美容師は確かに『普通』の仕事ではなかった。特殊技能が必要な、働く者にとっては 比較するものが芸能界くらいしかない 厳しく消耗率も激しい世界だったからだ。特に男の私が人に聞かれて職業を答えると、『そうでしたか! それは大変ですね!』みたいなリアクションをされることが多かった。
令和の今、美容師は昔ほど特別な仕事ではなくなった。しかし今でも特殊感が出てしまうのが美容学校の教員であり、中でも校長である。名刺を交換した時など、ニヤニヤしながら『ヘェ、美容学校の校長先生なんですねぇ。じゃ私、髪切ってもらおうかな? 私ね、昔からヤンチャだったから 校長とか教頭っていう類いの人が苦手なんですよぉ・・・』
(なんでアンタの髪を切らにゃあならんのだ? アンタが望めば俺はハイハイと従わねばいけないの?)と思いながら、私は手持ちの愛想を使って なんとか笑顔を作る。ご本人はシャレのつもりで言うんだろうが、ああそうですか・・・としか返せない。私の仕事を知った上で、続いてよく訊かれるのが『美容学校の校長先生って毎日何されてるんですかぁ?』ってヤツだ。ため息が出るようなアホらしい問いなのだが、きっとちゃんと答えてもわかってもらえないし、わかったところで誰にとってもプラスにはならないだろう。
しかしあえてその質問の答えを探してみた。私は 組織の長(おさ)の仕事の半分は『居ること』だと思っている。ただしそこにいるだけで安心を与えられる存在でなければ成り立たないロジックなのだが・・・。
その人が責任者として存在していることで、部下がのびのびと自由な発想をすることができる。忖度せずに主張したり、従来の慣習を破壊する勇気が生まれ、目的に向かい思い切った判断も可能となるような人。
学校という組織の長は校長である。この理屈通りの組織であるためには、当然私がいることで部下が安心して動けるという存在であることが必要となる。場合によっては校長自身に意見を言う なんて場面もあり得るだろう。
だから『校長先生って毎日何されてるんですか?』と聞かれた時に私が理想とする答えは、『あ、私ですか? 私は存在しています』になる。
ああ、言ってみたいものだ・・・