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アーティスト?

 その昔。バンドや歌手という、ポップな音楽を生業にしている人たちのことを『アーティスト』と呼び始めた頃、私はそんな流行を知らなかった。ある日、同じ美容師の知人に『好きなアーティストはいるのか?』と訊かれて『そうだなぁ 好きなのはイラストレーターの鶴田一郎さんかなぁ』と答えて笑われたことがある。その時の私の頭の中の『???』をわかっていただけるだろうか。
 え?『アーティスト』だよ? 芸術家なんでしょ? え? 音楽? あっクラシックの演奏家か指揮者? という感じの私だったのである。

 今でも素人にケの生えた程度の実力や経歴のバンドや歌手を アーティストと呼ぶことには違和感しかないが、私がこうなったことには訳がある。それは我々美容業界での出来事がきっかけだったのである。
 (日本でも)メイクアップをする技術者のことを、『メイクアップアーティスト』と称するのがポピュラーになってきたバブルの頃、私は大阪はミナミでサロンワークに勤しむ美容師だった。同業者の友達や知り合いもたくさんいたが、エエ加減なヤツも少なくなく、しかし女にだけは手が早く、しかも仕留めた後はクズ男の姿勢を貫く、全く美容師の風上にも置けない一群が確かに存在した。
 そんな中、実力もセンスも向上心もない、さらに人間性も含めて アーティストなんてものとは程遠いと確実に思えるヤツと、偶然外で顔を合わせたことがあり、そいつが自分の名刺を人差し指と中指に挟んで『ホレ』と私によこしたことがあった。渡し方もハラが立ったが、何より自分の名刺に『メイクアップアーティスト ◯◯◯◯』と堂々と書いていたのである。こいつをアーティストと呼べるのであれば、霊長類なら皆アーティストだと思ったものだ。
 以来『アーティスト』という呼称には少々敏感なまま今に至っている。あの男、今でも『アーティスト』としてメイクをしてるんだろうか。どうでもいいけど。

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