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親がいなくてする苦労、いるからする苦労 1

 ある2年生の女子生徒が担任に欠席の連絡をしてきた。『父親が暴れて家から出られません』と。

 生徒たちが欠席する理由は色々だ。我が校のような専門学校に進学することを決めた生徒には、基本的に欠席についてはかなり厳しく指導することになるのだが、働き蜂の法則に当てはめると 上から 20%が少々体調が悪くても欠席はしないグループ(Aとする)と、その下に体調が悪ければ欠席するグループBの60%がいる。最後に体調に問題などなくとも休んだりする20%のグループCが位置する。30人クラスなら A6人、B18人、C6人 というところか。

 冒頭の生徒は間違いなくグループAに属する生徒だった。初めは校長が出張るのは良くないかとは思ったが、どうしても気になって 私はその生徒と直接話をする時間をとった。
 私の妻と同じ病名だったその生徒の父親は、暴れ出すと手がつけられないのだという。『お父さんが暴れた時、◯◯さん(その生徒)は殴られたりしないの?』という私の問いに、その生徒は事もなげに『殴られます』と言った。特別感のないその答え方が逆に悲しかった。

 父親とその生徒の2人暮らしである状況も鑑み、差し出がましいついでに 私はお父さんの入院を打診した。もちろんそれには様々なハードルもあるだろうし、踏み入り過ぎなのはよくわかっていたつもりだが、一番大切にしないといけないのは同居家族の生活が壊されないことだと思ったからだ。ラッキーなことにその生徒は以前からお父さんの入院について、ケースワーカーに相談していたという。しかし肉親を病院に閉じ込めることに踏ん切りがつかずにいたのだ。

 私は生徒の話を聞きながら、我が身に起きた過去の日々を思い出した。ほんの数年前までは妻の精神状態には大きな波があった。私が帰宅して電気をつけた時、妻の手によって もはや片付ける気も無くなるレベルで、家の中がメチャクチャになっていることが何度かあった。そんな時妻は倒されたテーブルに頭をもたれさせ、頬を濡らして眠っていたものだ。散々暴れた結果、プツリとスイッチが切れるのだろう。

 同じようにその生徒の父親も、暴れた直後に急激に空気が抜けたようになり、果てしなく落ち込み泥のように眠るという。暴れる行為は落ち込む時間とセットだ。

 程なく入院が決まり、措置入院の形でお父様は隔離室の新しい住人となった。そんなこんなの後、再び私たちは対面で話をすることになった。『お父さんは最低3ヶ月は退院できないって聞いたよ。1人だけど大丈夫?』。私がそう訊くと 前回と同じくその生徒は『大丈夫です』と答えた。『う〜ん、でも1人になるってことはご飯や洗濯だけじゃなくって、お金のこととか色々あるよ?』しかしその問いにも生徒は『大丈夫です。慣れてますから』と答えるのだ。私はその『慣れてますから』の言葉にこの生徒のこれまでの歴史を見た思いがして、生徒の前で不覚にも涙が出て困った。

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