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人生の出来

 お釈迦さまは 人は皆『生老病死』という避けることができない根源的な『四苦』を背負って生まれてくるのだと仰った。私の親戚や家族は、ガンによって人生を閉じざるを得なかった人が少なくないが、残念ながら病が見つかった時には既に手遅れだったことがほとんどだ。
 怖い怖い。心から怖い。私自身『お若いのに早くに亡くなって!』とは言い難い年齢になってきたことは否定できないものの、今は絶対死ねない。世の中には 人生に悔いなど無く、いつ死んでも構わないと思っているヤツもいるかもしれないけど、私にはそんなことあり得ない。

 数年前 新聞に投稿されていた一編の詩がある。失礼ながら、どこにでもあるようなシニア世代であるご夫婦の暮らしの中、病が2人を引き裂く。普段から旅行などに出かける機会が多かったご夫婦だったが、ある日奥様の体に招かざる客が来てしまった。見つかった時にはステージ4まで進んでしまっていた小腸のガンだ。
 病魔は容赦なく体を蝕んでゆき、同時に一人の人間の自由を奪っていった。ついにベッドから起き上がれなくなった奥様が書いた、一編の詩に込められた無念の思いに胸を打たれ、私は涙を禁じ得なかったのだが、その奥様(宮本容子さん)の詩を僭越ながらここで紹介したい。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

『七日間』

神様お願い 
この病室から抜け出して
七日間の元気な時間をください

一日目には台所に立って 
料理をいっぱい作りたい
あなたが好きな餃子や肉味噌 
カレーもシチューも冷凍しておくわ

二日目には趣味の手作り 
作りかけの手織りのマフラー
ミシンも踏んでバッグやポーチ 
心残りがないほどいっぱい作る

三日目にはお片付け 
私の好きな古布や紅絹
どれも思いが詰まったものだけど 
どなたか貰ってくださいね

四日目には愛犬連れて 
あなたとドライブに行こう
少し寒いけど箱根がいいかな 
思い出の公園手つなぎ歩く

五日目には子供や孫の 
一年分の誕生会
ケーキもちゃんと11個買って 
プレゼントも用意しておくわ

六日目には友達集まって 
憧れの女子会しましょ
お酒も少し飲みましょか 
そしてカラオケで十八番を歌うの

七日目にはあなたと二人きり 
静かに部屋で過ごしましょ
大塚博堂のCDかけて 
ふたりの長いお話しましょう

神様お願い七日間が終わったら
私はあなたに手を執られながら
静かに静かに時の来るのを待つわ
静かに静かに時の来るのを待つわ

◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 ご主人(宮本英司さん)が新聞で奥様の詩を紹介するや 大反響を呼んだのだが、その投書の最後の部分には『妻の願いは届きませんでした。詩の最後の場面をのぞいて』とあり、最期を迎えた時にはベッドの横でご主人がずっと奥様の手を握られていたのであろう様子が目に浮かぶ。そして『容子。2人の52年、ありがとう』と結ばれている。
 52年も人生を共に歩んだ伴侶を失うというのはどういうことで もし私がそんな立場であればどうなってしまうのか・・・。全く想像できないし したくもない。

 今ではそんな世界は若者にはわかってもらえないだろうが、結婚したばかりの夫婦の新居は風呂なしのアパートで、『神田川』を地で行くように 風呂屋の入口で待ち合わせて帰られたという。そんなお2人は力を合わせ 助け合いながら長い人生を歩まれ、これから穏やかな老後を過ごされるはずだった。

 人生の出来というものは、どんな人と巡り合い、どんな人と生き、また死ぬかに大きく左右されると思う。結局『誰と一緒に過ごすか』なのである。でもこれはあまりにも運頼みであり、時に残酷なまでに不公平である。

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