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東大メタバース工学部が理系分野の「好き」を増やす

東京大学の「メタバース工学部」の支援を発表した丸井グループ。社会により良いインパクトを起こそうとしている企業と、工学分野でのダイバーシティ&インクルージョンをめざす大学が共に考える、将来世代にとっての「しあわせ」とは何か?東大と丸井グループの両サイドから理系女子3名が集い、この活動の意義を語ります。

永田 莉紗氏

東京大学メタバース工学部 テックアンバサダー東京大学工学部電気電子工学科を経て、現在は大学院情報学環・学際情報学府でヒューマンコンピュータインタラクションを研究。その傍ら、昨年より東大メタバース工学部のテックアンバサダーを務め、中高生に向けて工学分野の楽しさや進むべき道の選択の仕方を伝えている。


矢羽田 葵

株式会社エムアンドシーシステム システム企画本部2020年入社。新宿マルイ 本館で販売職を担当。丸井グループのシステム会社であるエムアンドシーシステムへ職種変更を伴う異動を経験し、現在はシステム企画本部のリーダーを担う。おもに、生産性向上を支援する開発基盤の提供や、レガシーシステムの刷新を行い、グループの企業価値向上に努めている。


杉江 花鈴

株式会社エムアンドシーシステム デジタル推進本部2018年入社。マルイシティ横浜で販売職を担当。現在はエムアンドシーシステム デジタル推進本部データアナリティクス部のリーダーとして、おもにエポスカードのデータ分析を通じたUX改善と社内のデータ活用環境構築を行い、グループ内のDX推進に携わっている。


学科の得手不得手の前に「好き」がある

――永田さんは、東大メタバース工学部に「テックアンバサダー」として参加していらっしゃいますが、それはどんな役目なんでしょうか?

永田:そもそも東大メタバース工学部は、中高生の子どもたちから社会人まで幅広い方たちに工学のことを知ってもらい、多様な人たちが工学の分野にかかわってもらえるように設置されたものです。テックアンバサダーの役目は、簡単に言えば、そのお手伝い。学生の立場からアイデアを考えたり、提案したり、さまざまな活動を展開していますが、私はジュニア工学という班にいて、実際に中学校や高校へ出向いてジュニア講座などのイベント運営などを行っています。そのほか、情報発信の班や工学部の女性率を高める活動の班など、さまざまな班があります。

――テックアンバサダーは自主参加ですか?

永田:そうです。東大工学部に女性が少ないという実感があって、中高生に魅力を伝えることで、ちょっとでも興味を持ってくれる人が増えてくれたらいいなと思って手を挙げました。でも、今はそれだけじゃなく、「工学ってすごく社会とつながっているんだよ」ということを伝えていく活動を楽しんでいます。実際、工学は知られていない部分が多いので。

――中高生向けのジュニア講座を行っているということですが、その内容を教えてください。

永田:私は高校に出向いたのですが、自分たちの大学生活の紹介であったり、卒業研究をわかりやすく解説してみたり、そのほか企業の方と連携してAI分析を体験してもらったりという内容です。卒業研究を紹介する時、「興味を持ってくれるかな?」って不安だったんですが、頑張って説明したら、「そんなことができるんだ」「おもしろい!」という反応が高校生の皆さんからあってうれしかったです。質問の時も目をキラキラさせているんですよ。それがすごく印象に残りました。やっぱり知らない世界を知るというのは楽しいのでしょうね。

――進路を決める前の段階で、工学分野のおもしろさを実感できると、それをめざす子どもたちが増えるかもしれませんね。

永田:そうですね。目の前の受験科目しか見えていないから、数学が苦手で文系にする子が多いと思うんですけど、それってすごくもったいないです。工学部に入っても、数学はあまり得意ではない人もいるんですよ。実際の研究では、学校で習うような数学ができないといけないというわけじゃなくて、その場その場で必要な知識を調べて活用していくことが多いし、使うために学ぶので、モチベーション高く取り組めます。私自身の体感として、学部4年生以降、研究が本格化してからの方が楽しかったんですよね。だから、受験に惑わされるのはもったいないと思うんです。中高生は、理系の勉強の何が楽しいのかを知ることで、逆に数学も頑張る気になるかもしれないです。

――矢羽田さん、杉江さんも中高生向けのジュニア講座を開催したんですよね?

矢羽田:はい。丸井グループの社員として、2月と3月に1回ずつ、中高生向けの講座を実施させていただきました。「中高生に工学の魅力を伝える」という結構ざっくりしたテーマでしたが、文系のイメージの丸井グループにもシステム会社があって、そこで何をしているかという話を1回目にさせていただきました。システム会社といってもプログラミングコードを書くような、いわゆる開発のイメージのお仕事だけでなく、お客さまと話し合って企画を考えたり、課題解決に向かったりする仕事もあるという話です。2回目は、杉江さんの部門の話をさせていただきました。データアナリティクス部という部署でエポスカードのデータ分析などをしているので、それを中高生にわかるようにお話して、手計算でできるような分析を体験してもらうという内容にしました。

杉江:仕事の現場では、文系・理系の両方の要素が必要なんだということをしっかりお伝えできたかなと思います。いただいた感想にも「理系って超難しい数学を必要とするわけじゃないんだ」とか、「数学は得意だけど、学際的*に学ぶことでもっと道が広がるかも」という声があって、そういう部分でのバイアスを少し解消できたかなと思います。

矢羽田:「数学はあんまり得意じゃないけど、工学的な分野に興味を持ったから、ちょっと頑張ってみようと思います」というすごくポジティブな感想もあって、行動を起こすきっかけになったのであればうれしいなと思いました。

*学問や研究が、複数の異なる領域にまたがっていること。

――お二人は、丸井グループが東大メタバース工学部に参画すると発表した際、率直にどのように感じましたか?

矢羽田:丸井グループって超エリート企業ではなくて一般企業かなと思っているんですけど、そういう会社が日本で一番賢い大学と手を組んで何をするんだろうと思いました(笑)。実際の中身は、社員のスキルアップに注力したリスキリングとジュニア講座のサポートでしたが、リスキリングについて言えば、会社の人的資本である社員の知識のインプットは急務だし、そういった機会を会社がつくってくれたことは社員として恩恵を感じています。ジュニア講座も、子どもたちが職業の選択で迷わないようにしたり、やりたいことを見つける機会をつくってあげたりすることは、将来世代のために社会にインパクトをもたらそうとしている丸井グループにとって非常に意義のある活動だと思いました。

杉江:リスキリングもジュニア講座の中高生に向けた話も、選択肢はこんなにあるんだということを認識する意味では同じだと思います。会社に入ってからもまだまだ将来の選択肢は多様にあるし、すべての仕事に理系的な要素と文系的な要素のどちらも必要だということなどを広く伝えるような取り組みでした。

矢羽田:私は、リスキリングでは「東京大学グローバル消費インテリジェンス寄付講座」に参加しました。丸井グループから参加したのは60名ほど。そのほかの講座にも各講座10名ずつほどのトータル100名ほどが1回目は参加していたと思います。講座を受けた社員から、非常に勉強になるけど、結構難しかったという声を聞きました(笑)。

――社会人になって学ぶ機会は、今までなかなかなかったと思うんですが、杉江さんはどうとらえていますか?

杉江:やっぱり20年も生きていない時点で選んだことで人生を決めるのはもったいないし、社会人になっても新しい知識を吸収し続けることが大事だなと思いますね。私はもともと理系のバックグラウンドですし、入社後に類似領域のリスキリングプログラムに参加しているので、まだこの領域に触れていない方にぜひ新たな出会いをしてほしいと思い、今回は応募しなかったのですが、今後リベラルアーツの講座があったらぜひ参加したいです。歴史学とか政治学とか経済学とか、学生時代に専攻しなかったことを学びたいですね。

理系分野で活躍している女性のロールモデルが少ない

――丸井グループは、文系出身者が多いのですが、矢羽田さんと杉江さんは理系なんですよね?永田さんもですが、皆さんが大学進学時に理系を選択した動機は何でしょう?

永田:大学受験の時は、なんとなく理系に行こうとしか考えていませんでした。単に数学や物理の勉強が楽しかったんです。でも、学科選択の時、自分は数学をゴリゴリやるタイプではなく、社会や人間について考えることが好きだと気づきました。そこで、社会と接するところで自分を活かせるのは工学部だなと思ったんです。入学して、工学部の電気電子工学科で学び、今は大学院情報学環・学際情報学府の研究室にいます。ヒューマンコンピュータインタラクションという、物質の特性に注目して情報と結びつけるような研究をしています。

矢羽田:私は理工学部の情報科学科でした。中学、高校と、数学がすごく好きだったんです。でも、サイエンス系はあまり好きじゃなくて、数学だけでどうにか受験を乗り切れないかって考えた時に、私大の数学科か情報系なら行けるぞって......。あまり深く考えずに進路を決めた感じがありましたね。

杉江:私は理学部で、学科は地球惑星科学科という、割と学際的な分野でした。理科全般というか、数学プラス化学、物理、その他もろもろみたいなことを学ぶ学科です。矢羽田さんと逆で数学はあまり好きじゃないけど、物理はすごく好き。星も好きだし、地球惑星科学科を選択しました。入学後、学部の時に電磁気学もすごく好きになりました。永田さんは電気電子工学だったから、電気仲間だーって思って。

永田:あー、電磁気学......、実は苦手でした(笑)。

杉江:そうなんですか?(笑)私はかなり複雑なことも4つの方程式だけで説明できるのが美しいと感じて、電磁気系の研究室に行きたいなと思っていて。オーロラとか地磁気を研究している研究室を選びました。当時は将来のことをよく考えず、本当に楽しいことを研究していきたいなと思って進路を選んでいましたが、そもそも理学って、すぐに役立つものではないんですよね。研究生活を続ける中で、永田さんがおっしゃるような、理工学をもっと社会にわかってもらいたいという課題感を持って社会人になったので、今回の、東大メタバース工学部への参加やこの鼎談はすごく良い機会をいただいたなって思っています。

――理系の学部はどうしても男性の比率が高いかなと思うのですが、東大工学部の場合、男女の比率ってどのくらいなんですか?

永田:工学部に入った時、女子は1割程度でした。今私がいる大学院情報学環・学際情報学府は体感としては女子が半数という感じです。学部1年生の時、ドイツ語を選択したら、クラス30人に女子2人。いろいろな情報交換は同性の方がしやすいと感じる中で、そこまで女子が少ないと違和感をすごく覚えますし、別に男子が多いのが嫌なわけではないんですが、もうちょっと女子がいたら楽しいのになとは正直思っていました。

――永田さんは大学院に進学されましたが、就活をするとしたら、文系と理系の間に選択肢の幅の違いを感じますか?

永田:身の回りだけの話ですが、同じ学科で就職した子は、やっぱりエンジニアとか技術職が多いという印象です。実際の職場でも、技術職は男性が多いんじゃないでしょうか。たぶん就活の時にインターンを経験すると思うんですけど、私の学科の子は結構、女性向けの理系イベントやプログラムに参加してからインターンに行っているケースが多かったように思います。

杉江:今の時代、企業側は男女比をバランス良くしたいという想いもあると思うので、その点では逆差別というか、女子は優遇をされているんじゃないかって。良いことか悪いことか微妙なところなんですが、放っておいたら、おそらく性別役割分担意識が固定化されてしまい、理系学生の男子が圧倒的に多い男女比率のまま構成されてしまいますよね。

矢羽田:私の学科は情報系だったので、周囲はみんなゲーム会社やエンジニアをめがけてインターンに行って、そのまま就職していくケースが多かったです。そんな中、私自身は文系企業で働きたかったので、業種を広く見て就活していました。その間、女性であることに対してネガティブに感じた企業はほとんどなかったように思います。特に文系企業は、理系の女子というだけでほしいみたいなところがあって、杉江さんが言ったように、ひいきされているように感じることの方が多かったです。

――ちょっと前、「リケジョ」という言葉がはやりましたしね。

矢羽田:今でもよく言われますよ。

――そもそも理系の女子が希少なのはなぜだと思いますか?

矢羽田:これは、丸井グループ代表の青井が言っていたことですが、理系の女性で理系職に就いている人って少ないじゃないですか。サイエンティストや理系の教授を思い浮かべた時、どうしたって男性ばっかり。だから、小学生や中学生の女の子が、将来の夢を考えた時、自分には理系職という選択肢がないんだと思い込んでしまう可能性がある、という話が「なるほどな」と、すごく腑に落ちました。

――ロールモデルが少ないわけですね。「リケジョ」ともてはやされること自体、絶対数が少ない証拠。

矢羽田:そうだと思います、本当に。

修士や博士がもっと認められる日本に

永田:工学って本当にいろんなところで使われている。例えば、家電もそうですし、薬をどう体内の必要な場所に届けるかということを研究している人がいたり、人間のことを考えてロボットを設計する人もいたりして、実は私たちの身近なところを考えている分野だと思うので、自分が興味あることや趣味のどこかに必ず工学系の人がかかわっていると思うんですね。だから、工学をあまり難しくとらえず、中高生の子どもたちには自分が好きなことを考えてほしいなって思います。とりあえずやってみて、違ったら選択をまた変えればいいし、それがどんどん自分の経験になっていくと思うんです。自分の気持ちに素直に従い、周りに影響されずに進んでほしいなって思います。

――永田さんご自身、工学分野に進んで、一番楽しいなと思うことは何ですか?

永田:自分で手を動かして、発見があるところです。授業で聞いているだけじゃつまらなかったことが、自分でやってみると深く納得できることがあって、それが楽しいなって思います。

――丸井グループは社会課題をビジネスで解決することをめざしているんですが、永田さんは関心のある社会課題はありますか?

永田:今の時代は、情報やロボット、AIなどが日常生活にどんどん入ってきていると思うんですが、私はマテリアルに注目しているので、その観点から言うと、やわらかい感触のロボットに関心があります。介護の現場はもちろんのこと、子どもやお年寄りなど弱い立場の方に親しみを持ってもらうことが大事だと思っていて、今まで高性能化・高速化が求められてきた工学の分野にも、人間に寄り添った設計が必要だと思っています。人間について考え、設計していくことで、みんなが健康でしあわせに暮らせるような未来をイメージして研究しています。

――丸井グループのお2人は、将来世代のために、今後どういうところでお手伝いをしていきたいなと思っていますか?

杉江:やっぱり「好き」を応援することにインパクトがあると思っていますし、その中で丸井グループは、コンテンツ中心の応援から少しずつ投資・起業などビジネスの領域に広がってきて、次はアカデミアだと思っています。日本では、アカデミアはまだまだマイノリティで、修士の価値はあまり認められていませんし、博士課程を修了した人にいたってはほとんど就職先がありません。学問の分野に残ることも難しく、課題のある領域だと思っています。コンテンツやアートと同様に、アカデミアも、人類全体の英知・豊かさに貢献する大事な領域だと認識していますので、そこの部分の支援が何かできたらいいですね。

矢羽田:今回ジュニア講座などに参加させていただき、企業の立場からも、将来世代に対して、何を学んで何をしたいのかを考える機会を提供できると思うようになりました。私自身、学生の時、卒業した先輩から詳しく仕事の話を聞いた経験がなくて、自分で学んでいることが何の役に立つのかわからなかった。でも今後は、私自身が「この勉強をしたらこういう選択肢が増えるよ」とか「語学とかけ合わせたら、さらに世界が広がるよ」といった道筋のようなものを将来世代に見せてあげることはできるし、それはすごく意味のあることだと思っています。

――永田さんは今後、東大メタバース工学部を通してやってみたいことはありますか?

永田:テックアンバサダーの活動を通して中高生をはじめ、いろいろな立場の人に実際に会える機会を得たことがまずとてもうれしいのですが、この機会を活かして、こんなに楽しい世界があるということをもっとたくさんの方に知ってほしいと思っています。特にダイバーシティやインクルージョンという観点から語らなくても、単純に「私はこんなに楽しいことをやっているんですよ」と言うだけで伝わります。中高生の皆さんに、純粋にイメージをふくらませてもらえれば、それが自分のモチベーションにもなる。普段の研究の楽しさが再確認できるんですよ。昨年に引き続き、2023年もジュニア工学の班に所属しながら、情報発信にもかかわっていくつもりです。SNSなどを通して、工学部の学生の実際の姿などを発信していくという活動を予定しています。

――ありがとうございました。ますますのご活躍を期待しています。

東京大学工学部 HASEKO-KUMA HALLにて撮影

※この記事は、丸井グループオウンドメディア「この指とーまれ!」の連載記事として2023年6月に公開されたものです。