コガシラミズムシ
研究を始めた2014年頃も、日本のコガシラミズムシは既によく研究され解明度が高いグループだと考えられていた。生物の分類学では、属や科といった大きなカテゴリー別にそれまでの知見などを纏めたレビジョン(revision)という形式の論文が出され、一般にレビジョンが出ればそのグループはよく研究され解明されたと言えるだろう。なので、分類学の研究の最終形はレビジョンだと言われることもある。日本のコガシラミズムシは、中根猛彦(1985)や佐藤正孝(1985)、Vondel (2006)によってレビジョンが示されており、斑紋に変異があるものの、そんなに同定が難しいという状態ではなかった。しかし、全く問題がないわけではなかった。そこで岩田朋文君が卒業論文として日本のコガシラミズムシの再検討に取り掛かった。
森(2007)は図鑑の中で南西諸島のコガシラミズムシに不明種の存在があることを書いている。このことこそが問題として残されたものであった。
Vondel (1995)によりHaliplus davidiとHaliplus diruptusが沖縄から記録された。その当時、沖縄からこの属はコウトウコガシラミズムシHaliplus kotoshonisのみが知られていたが、Vondelはコウトウも認識したうえで2種を記録しているので、3種が沖縄に存在することになる。確かに沖縄から数種の標本が得られていたが、どれがどれを指すのかがよく判らない状態であった。加えてコウトウは1931年に鹿野と神谷により記載された種だが、おそらくタイプ標本は戦火で焼失しており、分類学的な問題があり解決させるのであればネオタイプを指定する必要があり、分類学的研究を進めるにもハードルが高い。
愛媛大学の佐藤コレクションのほかに、全国各地の研究者から標本をお借りし調査を開始した。正直、すっきり解決させることは難しいかなと思っていた。
まずはコウトウの実在についてだ。これについては、意外に簡単に決着がついた。Kano & Kamiya (1931)の記載論文には図が付けられていて、その図の斑紋パターンと体型によく合致するものをコウトウとした。ネオタイプを指定せずとも、曖昧なくその存在が認識できると判断された。しかし、Vondel (1991)がコウトウだとして示している図とは違うものだ。これはいったい何だろう?手元にもVondel (1991)がコウトウだとしているものと同じ種と考えられる標本があり調べると、東南アジアから知られているウスチャコガシラミズムシHaliplus angustifronsであると同定できた。つまりVondel (1991)はコウトウとウスチャを誤同定していたのだった。
次はHaliplus davidiとHaliplus diruptusの問題である。これは2017年にやっと問題が解決した。Vondel (2017)がHaliplus davidiとHaliplus diruptusは同一種だったとしてHaliplus davidiをHaliplus diruptusの新参異名として処理した。そしてこのHaliplus diruptusこそが真のコウトウであった。Haliplus diruptusは1946年に記載された種でありコウトウの方が古いので、前者は後者の新参異名であることが判ったのだ。
こうして岩田君の卒論は無事に纏まったのであった。
van B.J. Vondelはコガシラミズムシ科の世界的な大家である。彼の誤同定が基になって、日本のコガシラミズムシは少し混乱していただけであった。しかしこれを訂正しなければ、混乱したままになる。とりあえず岩田君の卒論の内容のうち、日本から新たに見つかったタイワンコガシラミズムシHaliplus regimbartiを記録し(Iwata, 2016)、あとはどうやって纏めるか悩んでいた。大御所に忖度するつもりではないが、海外誌に投稿してもどうせ彼が査読者になり文句言われるかも知れないし、コウトウのネオタイプを指定せよと言われるとめんどうだし、そもそも誤同定の指摘だけなので新規性が少ないし、などいろいろ考えていた。いっそのこと彼を著者に入れて巻き込んでしまおうかという策まで出ていた。そんな時に転機があった。林成多さんが本州から未記載種を見つけ出したというのだ。これは青天の霹靂・渡りに船だった。新種の記載を前面に押し出しその陰でさらりと処理をしてしまおう。ということで3人の共同研究がスタートした。
筆が早い林さんが入ってからは、投稿までさほど時間がかからなかった。しかし投稿後に査読に入る前に、編集側から日本産のレビジョンとしての形式にした方が良いという意見が付いた。こちらのせこい計算が見透かされたようだった。仕方ないのでレビジョンの形に修正した。
やはり査読者の1人はVondelになった。彼は名前を明かした上で、査読レポートで原稿を絶賛してくれた。そしてZooKeys誌に掲載された。
日本産コガシラミズムシ科の分類に決着がついた。しかし全てが終わったわけではない。新たな側面から研究をすれば分類学的問題が残されている可能性はある。加えて幼虫形態や生態にはまだまだ未解明なところも多い。加えてコガシラミズムシ科の多くの種は減少しており、絶滅危惧種も含まれている。
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