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帰り道
心の声が聞こえた気がしたんだ。それも遠くじゃない。僕の近く。そう、この辺りから。
助けなきゃ、と思ったんだ。
助けたい、と思ったんだ。
何で?って聞かれたら困ってしまうんだけどさ。
「なぁ……今日さ、一緒に帰らない?」
このたった一言。朝から言おう言おうと思ってなかなか言えず、結局放課後。この一言を言うのに今日丸一日かかった。しかも震える声になってしまった。あぁ、なんて情けない男だ。なんて悲しいくらい小さい男なんだろうな。
「えっ……?」
帰り際の下駄箱でいきなりこんなことを言われたらそりゃ困惑するだろう。俺は順番をすっ飛ばしていきなり誘ってしまったことに、彼女の怪しむような表情を見て気づいた。
「い、いきなりごめん。あっ、俺、同じクラスの吉岡です」
「いや知ってるけど……そこじゃなくて」
なんでお前と帰らなきゃいけないんだ、って目でこっちを見る。当たり前だ。僕が彼女でも
そう思うだろう。だって僕たち、多分これが初めての会話なんだから。見ようによっては超キモい奴。ストーカーといい勝負かもな。でも今日の俺はもう負けない。負けてる場合じゃないんだって。
「あのさ、見ちゃったんだ」
はい、これでもうストーカー認定されてもおかしくないやつ。ごめん母ちゃん。息子は華の高校生活を2ヶ月で諦めちったよ。
明らかに引いているのがわかる。あぁ、さすがにこれはいきなりすぎたか?どう説明していいかわからないんだ。嘘をつくのも違うし、かと言って本当のことを言えば怪しまれる。俺、多分小細工とかって苦手なんだ。こう言う時にサラッと嘘を言える奴の方がきっとモテるんだろうな。
「昨日、通学路の途中で泣いてたよね?」
「あっ、俺は決してストーカーじゃないから」と念を押すように付け足して置いた。
「な、泣いてたからなに?」
更に怪しむように一歩後ろに下がる彼女。どうやら付け足した言葉に効果はなかったようだ。
「理由はわかんないんだけど、なんかスッゲー気になって」
「吉岡には関係ないじゃん」
「関係ないけどさ」
「じゃあ、放っといてよ」
「いや無理」
「はい??」
「今日は無理」
「なんで?だって話した事もないじゃん」
「うん」
「大体さ、泣いてんの見て気になるくらいならその時に声掛けてよ」
彼女の言う通り。まさにど正論だ。俺は昨日逃げた。話した事もないし、と言い訳を作った。俺に話しかけられてもうざいだけだろ、と逃げ道を自分で作った。
逃げて逃げて、家に着いた時死ぬほど後悔した。
泣いている時に一人ぼっちなのは、悲しい事がもっと悲しくなってしまうだろう。
例え断られても俺は声をかけるべきだった。
「うん。ほんとうだよな。ごめん。俺……帰ってから本当に後悔してさ。だから今日はどう思われても絶対、木村に声かけようって思ったんだ」
「なに、それ」
クシャっと崩れるように笑う彼女。当たり前だけど、やっぱり笑った顔の方が5億倍はいいな。良かった。笑ってくれた。俺も安心感から肩の力が抜けてしまった。なんかもう、これでいいのかもな。もしかして俺、泣いてるところを助けられなかった後悔よりも、彼女の笑った顔が見たかったのかもしれない。俺が彼女を笑顔にしてあげたかったのかもしれない、なんて。
「急にキモいこと言ってごめん。もし嫌だったら、」
「いいよ」
「えっ」
「一緒に帰るんでしょ?いいよ」
呆気にとられていると「ほら置いてくよ」と彼女はさっさと校門のほうに向かって行く。慌てて後ろをついて行くと彼女が不意に振り返る。
「なんで、昨日泣いてたか聞く?」
怯えるような不安そうな目だった。理由が気にならないと言えば嘘になるし、彼女が話してスッキリするものなら俺は何時間だって何日かけたって聞ける。けれど、きっと彼女は違うだろう。触れて欲しくない部分は誰にだってある。いくら俺が情けなくたって、それくらいはわかる。
俺は応えるように黙って首を横に振る。
「なんで?気になるんでしょ?」
「俺が気になるのは泣いてた理由じゃなくて、木村だから」
真っ直ぐ見返してそう言うと彼女はそそくさと前を向く。なびく髪の毛の隙間から赤く染まった耳がほんの少し見え、俺もなんだか恥ずかしい気持ちになってしまった。
「……なんで、吉岡も照れてるの」
「俺は本来照れ屋なの」
「自分で照れ屋って言うなよぉ」
「いいだろ、ほんとなんだから」
「……吉岡ってやさしいんだね」
「えっ??なんかいった?」
「ううん!なーんも!」
声が小さくて彼女の言葉は聞き取れなかったけど、彼女の表情を見て俺は小さくガッツポーズをした。
だってそれは、まるで涙の跡を消すような、眩しくて太陽みたいな最高の笑顔だったんだ。