イノベーションのまとめ
▼「マクロ環境」のイノベーションと「企業活動」のイノベーションの区別
▽「マクロ環境」におけるイノベーション
アンバンドリングとは、経済産業省がグローバリゼーションを説明する際に使っている概念です。
技術革新の結果、劇的に軽減されたコストにより、世界的な付加価値ポジションが変わり、「マクロ環境」にイノベーションが起こったことを捉えることに意義があります。これまで、3つのアンバンドリングが確認されています。
第1アンバンドリング:「輸送費」急減 ➨ 産業革命
第2アンバンドリング:「通信費」急減 ➨ 情報革命
第3アンバンドリング:「移動費」急減 ➨ 体験革命
▽「企業活動」におけるイノベーションの定義
▽「企業活動」のイノベーションと生産性の関係
製品・サービスの多くがライフサイクルの成熟期に入っているため、企業活動の多くが生産性を高めることに向けられています。
しかし、企業を存続させるために、新しい顧客を創出したり、新しい成長戦略を展開したりするイノベーションが必要です。
しかも、イノベーションを創出するに適した組織は、生産性にマッチした「プロセス組織」ではないため、多くの企業で組織イノベーションに課題を抱えています。
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「企業活動」におけるイノベーションは、その企業が取り扱う製品・サービスに関わる変革を示し、その業種業態により、その時期は異なりますが、「マクロ環境」のイノベーションは、企業活動におけるイノベーションを内包したビジネス環境そのものの変化を意味し、世界中の企業が一斉にその対応を求められる大変革です。
▼「マクロ環境」イノベーションへの対応
▽日米独での対応の違い
輸送費が急減することで起こったマクロ環境のイノベーション(第1アンバンドリング)に対応した集団的オペレーションのビジネスモデルが「日本型経営」として定着し、大企業を頂点とする系列など国内企業間取引で経営を安定させる「日本特有の取引環境」が構築されました。その結果、情報革命前までは、2倍あったアメリカとの労働生産性の格差が縮小する成長を実現したのです。
しかし、通信費が急減するマクロ環境のイノベーション(第2アンバンドリング)の情報革命が起きても、日本企業はモノ・サービスそのものの価値を重視する第1アンバンドリングに対応したビジネスモデルを変えられず、アメリカとの差が1.5倍まで拡大しています。
AI・ロボティクスの進化によるマクロ環境のイノベーション(第3アンバンドリング)に対しても、日本特有の取引環境から抜け出せず、労働生産性の日米格差は70年代のように2倍まで拓いてしまいました。ドイツは、常に海外の成長市場で優良な顧客を創造することでマクロ環境のイノベーションに対応し、堅実に労働生産性を向上させています。日本企業が第2アンバンドリング及び第3アンバンドリングで新たに生まれた付加価値位置にポジショニング出来なかったことは、変化のない年収が証明しているといえるでしょう。
▽日本企業のマクロ環境イノベーションへの対応遅れ原因「経営スタイル」と「イノベーション環境」
アメリカは、資本集約型産業(機械化された製造業)から知識集約的産業への構造転換に成功し、GAFAを代表する新しい産業でマクロ環境のイノベーションの主役となります。
ドイツ企業は、グローバルな成長市場で高利益顧客を獲得するビジネスモデルのため、マクロ環境のイノベーションに対応できています。
日本企業は、国内の企業間取引を中心とするオペレーション重視のビジネスモデルのため、マクロ環境のイノベーションに対応できず、労働生産性を低下させ続けているのです。
▽日本のイノベーション環境
◇50年代60年代
・朝鮮特需・「3種の神器」等普及[1]
・大戦前後の混乱期に、欧米との貿易が断絶・縮小したため、機械産業や石油化学等で技術的な遅延が生じ、イノベーションの方向性が明確だった[2]
[1] 出典:「過去の主な景気循環のパターン」日本経済2007内閣府
[2] 出典:「超長期で見た日本の経済成長の源泉:1885〜2015年」一橋大学
◇70年代以降
●労働の質
・労働の質向上は戦前で終了[1]
・91年教育訓練投資ピーク[2]
・低ダイバーシティ [3]
・従業員エンゲージメントは6%しかなく、139か国中132位[4]
幸福感のある仕事の効果(米イリノイ大学心理学部名誉教授エド・ディーナー)生産性1.3倍・売上1.37倍・創造性3倍・継続就業意向向上・転職意向低下
出典:『仕事の生産性にまで影響する「幸福」の正体』東洋経済オンライン2019.04.24
●生産性
・長期雇用の弊害:勤続年数13.6年で生産性ピークアウト[5]
・バブル後の追い貸しで生産性低い企業存続[6]
●新陳代謝
○取引代謝低下
・63年までに大企業の系列化が定着[7]
・3/4が系列[8]・8割が企業間取引[9]・5/6が 国内取引だけ[10]
○社員代謝低下
・79年整理解雇要件:東洋酸素整理解雇東京高裁[11]
・長期雇用の弊害:勤続年数13.6年で生産性ピークアウト[12]
○企業代謝低下
・86年円高環境で開業より廃業増加[14]
・バブル後の追い貸しでゾンビ企業誕生[15]
○世代間代謝低下
・少子化でアイデアもつ若者と融合困難化[16]
・91年教育訓練投資(OJT除く)ピーク[17]
・低ダイバーシティ(外国人&女性) [18]
[1] 出典:「超長期で見た日本の経済成長の源泉:1885〜2015年」一橋大学[2] 出典:「生産性白書」公益財団法人日本生産性本部
[3] 出典:『世界競争ランキングから見た「日本低迷」の理由』IMD
[4] 出典:「参考資料集」令和2年7月経済産業省
[5] 出典:「雇用保護は生産性を下げるのか」独立行政法人経済産業研究所[6] 出典:「生産性と賃金の企業規模間格差」日本労働研究雑誌
[7] 出典:「中小企業政策の変遷について」中小企業庁
[8] 出典:「日本企業にDXを普及させる最大のカギは、下請け構造からの脱却」独立行政法人経済産業研究所
[9] 出典:「令和元年版電子商取引調査」経済産業省
[10] 出典:「中小企業のグローバル化の進展:その要因と成果」独立行政法人経済産業研究所
[11] 出典:「労働事件 裁判例集」裁判所
[12] 出典:「雇用保護は生産性を下げるのか」独立行政法人経済産業研究所[13] 出典:「開業率・廃業率の推移」2022年版中小企業白書
[14] ゾンビ企業の定義:国際決済銀行ゾンビ企業定義「3年連続でインタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)が1未満」かつ「設立10年以上の企業」
[15] 出典:「いわゆる『ゾンビ企業』はいかにして健全化したのか?」独立行政法人経済産業研究所
[16] 出典:「人口急減・超高齢化は経済成長にどのように影響しますか」内閣府経済財政諮問会議
[17] 出典:「生産性白書」公益財団法人日本生産性本部
[18] 出典:『世界競争ランキングから見た「日本低迷」の理由』IMD
▽米英は、資本集約的産業(機械化された製造業)におけるイノベーションのジレンマから知識集約的産業へ
戦後、欧米の資本集約型産業はイノベーションのジレンマに陥り、この期に日本は、国内事情がそのまま世界市場の付加価値配分ポジションだった(小型車&民間用電気)ため、高度経済成長を成し遂げます。
・70年代の石油危機で、日本国内の小型車需要が世界需要にもマッチ
・ベトナム戦争後の軍需市場縮小で、日本国内の民間用電気需要がアメリカ需要にマッチ
出典:「世界貿易の拡大と構造変化」年次世界経済報告内閣府
出典:「自由な経済・貿易が開く長期拡大の道」平成元年年次世界経済報告 経済企画庁
▽現在のイノベーション強国は、知識集約型産業中心の1000万人程度の小国
・グローバル・イノベーション力ランキング(2023)
・労働集約型:介護・飲食・宿泊・機械化進んでいない製造業
・資本集約型(機械化):機械化の進んだ製造業
・知識集約型:医薬品製造・金融・情報通信・専門サービス
赤字は、人口は1000万人程度で、主要産業が知識集約的産業であることを示します。
日本より上位に位置するイノベーション強国の多くがこの赤字を有し、日本より下位にあるアイルランドは日本の3倍の1人当たりGDPを実現しています。
▼「企業活動」におけるイノベーション
▽「企業活動」におけるイノベーションの必要性
ドラッカーもコトラーも、企業目的・存続要件として、新しい価値を創出するイノベーションの必要性を説いています。
▽企業がイノベーションするには
①何度も失敗できる「環境」
②豊富なアイデアが生まれる「土壌」
が必要です。
・労働集約型:介護・飲食・宿泊・機械化進んでいない製造業
・資本集約型(機械化):機械化の進んだ製造業
・知識集約型:医薬品製造・金融・情報通信・専門サービス
クリステンセン教授もジェフ・ベゾスも「失敗」を前提にイノベーション環境を作ることを説いています。
従って、企業がイノベーションするには、豊富なアイデアが生まれる「土壌」を構築するとともに、何度も失敗できる「環境」も整えなければなりません。
▼資本集約型産業でイノベーションするには
①両利き経営
②日東電工のグローバルニッチ戦略
マクロ環境でイノベーションが起こった際に、資本集約型産業は以下のような理由で対応に遅れ、イノベーションのジレンマに陥りやすいビジネスモデルといえます。
・資本集約型産業の巨大設備のジレンマ
・平均従業員の集団的オペレーションのジレンマ
・基幹技術との連続性あるカイゼンで進歩してきた慣習のジレンマ
こうしたジレンマに陥りやすい弱点を克服する手法が「両利き経営」と「日東電工のグローバルニッチ戦略」です。
▽両利き経営
両利き経営とは、経営改善に基づく基幹技術の「深化」活動だけでなく、新成長事業を創出する「探索」活動も、並行させることが企業活動には必要であることを説き、その手法を紹介する理論です。
近時話題となっている理論ですが、製品ライフサイクルの成熟期以降の既存のビジネスモデルと新しい収益の柱を作る新成長戦略の両立を体系化したものといえます。
参考:「両利きの経営(増補改訂版)」東洋経済新報社 (2022/6/24)
「両利き経営」の最大のポイントは、新事業を創出する「探索」の事業部が、経営改善の「深化」の経営本体から権限的予算的にどれだけ独立性が担保されるかにあります。
この点トヨタは、出島方式を採用し独立性を担保すると共に1年完結プロジェクトにすることでアジャイル方式も採り入れています。
▽日東電工のグローバルニッチ戦略
日本企業は、系列と国内企業間取引に注力し、海外を目指さない企業が多く、グローバルで活躍しているのは6分の1のみです[1]。そんな中、グローバル・ニッチな成長市場で次々顧客を開拓している日東電工株式会社の顧客創造手法は、資本集約型産業でのイノベーション創出に大いに参考になります。そのポイントは以下の通りです。
・顧客創造を財務戦略に組み込むことで、目標の数値化と評価指標の設定が可能に
・基幹技術を基準とした無理のない経営資源配分
・顧客創造と基幹技術の更なる練磨の両立
・効率的かつ柔軟性あるポジション獲得手法を確立
基幹技術を中心に据えて資源配分するので、経営資源の少ない中小企業でも取り入れやすく、基幹技術の更なる練磨と両立するため、「日本特有の取引環境」にある企業でも、現在の取引企業との関係を毀損することなくイノベーション活動に取り組めます。
[1] 出典:「中小企業のグローバル化の進展:その要因と成果」独立行政法人経済産業研究所
▼豊富なアイデアが生まれる「土壌」を作るには
▽ダイバーシティ
統合報告書「CyberAgent Way 2022」で「目指しているのは、自分の才能に驚く会社」と述べているように、サイバーエージェントはダイバーシティと称して、若手でも経営幹部と接触する機会が多数設けられ、入社後すぐに社長に抜擢される等インクルージョンに優れています。
▽アルムナイ(元社員とのネットワーク)
・双日は総合商社として様々な事業を展開し、多種多様な人材が行き来しています。それだけ人材ポートフォリオも広く、支援した独立・起業後の元社員や定年後の元社員とのネットワークを構築し、多様な人材創出の流れをつくっています。
・生産性は13.6年でピークアウトするとされているのため、30代中盤までに従業員の独立を促し、アルムナイを築いていくことが、豊富なアイデアを生み出す土壌を作る手法として有益です。
参考:「雇用保護は生産性を下げるのか」独立行政法人経済産業研究所
▽エンゲージメント施策
従業員満足の効果
・生産性1.3倍
・売上1.37倍
・創造性は3倍
・個人・組織パフォーマンス向上
・継続就業意向向上・転職意向低下
米イリノイ大学心理学部名誉教授であるエド・ディーナー氏らの論文によると幸福度が高い従業員がもたらす効果は上記の通りです。
物理的な職の安定や給与の安定以外に働きやすさや遣り甲斐が生まれたことで、能力や可能性が最大限発揮できる職場になり、生産性や創造性がアップします。現代経営学の父ピーター・ドラッカーも自律的動機があれば生産性が向上するといっています。
もちろんそうした職場で出来るだけ長く働きたいと考えることは自然なことです。
参考:「イノベーティブ人材獲得の要となるウェルビーイングの視点」PWC2021/06/24
▽パーパス
パーパスとは、企業の存在意義を意味し、従来のMVV(Mission・Vision・Value)に代わる新しい企業理念です。
従来のビジネスモデルとこれからのビジネスモデル
経営環境のデジタル化で変化のスピードが上がり、不確定要素が増えたためMBA取得者でさえ、未来を予測することが困難になっています。このような環境では次々新しい価値を生み出すイノベーション組織にビジネスモデルを変えていく必要があります。
アイデアを生み出す土壌として有用なのが、以下のような「パーパス経営」です。
アジャイル開発:短いサイクルで実装とテストを繰り返す開発手法
ウォーターフォール型:最初にゴールを定め、ゴールから逆算した工程を後戻りせず進めていく開発手法
ESG投資:環境(Environment)社会(Social)ガバナンス(Governance)を重視する投資
特に重要なのが労働者の自律的動機付けです。
この点、Sonyは、パーパスを社員の自分事化とするため、「P(パーパス)&V(value)事務局」を立ち上げ、ポスターやビデオだけでなく、CEO署名入りレターも作成し全世界に配布、社内webサイトではグループ社員への自分事化のインタビュー記事を載せています。
▽ナラティブ
narrativeという言葉は、物語、語りという意味です。
ストーリーは主人の物語を客観的にみるもので、ナラティブは共体験です。
ナラティブを経営理念化させたものが、ステークホルダーに対して企業の志を示した「パーパス」といえます。
well-being の直訳は、「幸福」「健康」を意味します。
幸せ示す言葉にhappyがありますが、happyは短期的な感情としての幸せを示し、
well-beingは身体的、精神的、社会的な面で長期的に良好な状態を示すと世界最大級のプロフェッショナルサービスファームPwCを定義づけしています。
企業の目的は業績とその価値を高めることにあります。従って、ステークホルダーのwell-beingとの共創物語を業績及び企業価値に結び付けられるのがナラティブカンパニーです。
そのためには各戦略の方向性を決める企業理念を、ブランドstoryとステークホルダーのwell-beingの共創の観点から作ることが必要です。従来のような表面的正義を並べた「MVV(Mission・Vision・Value)」ではなく、顧客や従業員、株主を躍動させるような企業の内側から湧き出てくる志(こころざし)である「パーパス」が求められています。
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